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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

無言のまま倒れ、ぴくりとも動かず…緒方家への最初の殺人がついに実行された

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #68

2021/08/24

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第68回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

連日のように通電が繰り返された

 それは予告もなく始まった――。

 1997年12月21日のことだ。

 松永太と緒方純子による、緒方家の家族への最初の殺人が、この日実行された。

 まずは一日の流れを、福岡地裁小倉支部で開かれた公判での検察側の論告書(以下、論告書)から紹介していきたい。

〈12月21日の未明から、「片野マンション」(仮名)の北側和室で、松永、孝(緒方の父=仮名、以下同)、和美(緒方の母)、隆也(緒方の妹の夫)、智恵子(緒方の妹)、そして緒方の6名が話し合いと称して集められた。このときも、松永は、緒方一家に通電を加えた。この日の話し合いは、松永の緒方一家に対する金策要求や、今後の緒方一家の身の振り方に関するものだった。もっとも、このころには、緒方一家には行く当てなど無く、また、同一家からこれ以上の金を搾り取ることも到底不可能であって、いくら話し合ったとしても結論など出るはずがないことは、松永も含めた全員が承知していた〉

 松永による緒方家の家長である孝さんへの通電は、12月に入ってから増えていた。とくにこの1週間ほど前の12月中旬に、資産のすべてを松永に供出した緒方家は松永にすがって生きていく他ない、という旨の発言を孝さんがしてからは、連日のように彼への通電が繰り返された。

©️iStock.com

花奈ちゃんへの不満を利用し、孝さんに責任転嫁

〈21日早朝、松永の指示で、孝、和美、隆也、智恵子は連れ立って外出した。松永が指示した用件は、たしか、玉名(熊本県)のアパートからの荷物の回収だった。緒方は、孝らが出掛けて10分から15分くらいしたころに、松永の指示で入浴した。このころ、既に、外は白み始めていた。入浴中に、甲女(広田清美さん)か花奈(隆也さんと智恵子さんの長女)のどちらかが浴室に2度やってきて、「冷蔵庫のどこにポン酢があるのか」などと緒方に尋ねた。最後には甲女が浴室に来て、緒方に、すぐに風呂から上がるようにと告げた。

 

 松永は、冷蔵庫内のポン酢を見付けられなかった花奈に対して立腹しており、孝らも呼び戻したと緒方に告げた。松永が花奈に冷蔵庫を開けさせたのは、この時が初めてであった。緒方は、風呂から出たときに、台所で二男の世話をしていた甲女を見かけていたので、「甲女がポン酢の場所を教えてやってくれれば花奈は叱られずに済んだのに。」などと考えた〉

 花奈ちゃんは孝さんの初孫であることから、松永は彼女の粗相を追及するなかで、孝さんに責任を転嫁して責め、殺害することを意識した行動だと思われる。