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二階幹事長が「厳重注意」 次男の銀座「酩酊写真」

 緊急事態宣言中の8月17日昼、二階俊博幹事長(82)ら自公両党の幹部5人が日本料理店で会食をしていた問題。国民には4人以下での会食を求めていただけに批判を浴びたが、その当夜、二階氏の次男で、元大臣秘書官の二階直哉氏(49)が知人らと銀座のクラブに足を運んでいたことが、「週刊文春」の取材でわかった。

 直哉氏は2008年8月、二階氏が経産相に起用されると、大臣秘書官に就任。二階氏が09年9月に大臣を退任するまで秘書官を務め続けた。この間、少なく見積もっても、約400万円の報酬を得ていたことになる。

息子は“別人格”? ©共同通信社

「以降、直哉氏は事務所を離れて中国ビジネスに傾倒していきます。とはいえ、2015年に総務会長だった二階氏が主導して約3000人にのぼる大訪中団を結成した時には、その一員として直哉氏も同行していました。同じ年に、直哉氏は日本とベトナムが共同開催した交流イベントの実行委員に加わっていますが、ベトナムは二階氏が友好議員連盟会長を務めるなど、縁の深い国。直哉氏は父親の政治活動の周縁で仕事をしていると言えます」(二階家を知る人物)

 現在は、地域活性化を手掛けるコンサルタント会社の代表取締役や、一般社団法人の理事などを務めている。

 その直哉氏が白いシャツに黒いジャケット姿で、知人2人とともに銀座に現れたのは、8月17日の夜8時20分。ゲリラ豪雨に見舞われた最中、和服女性に先導され、雑居ビルに吸い込まれていく。向かった先は、直哉氏の行きつけという会員制クラブ「S」だった。

クラブ「S」のビルに入る直哉氏

 一行が店の入るビルから出てきたのは、約4時間半後の翌18日深夜0時40分過ぎ。上機嫌の直哉氏らは路上で立ち止まり、一人のスマホを皆で覗き込んで大爆笑したり、マスクを顎まで下げて歩いたりしていた。その後、自宅マンション近くでタクシーを降りた直哉氏。付近の駐車場で煙草を吸ってから、千鳥足で帰宅するのだった。

 だが、緊急事態宣言中の東京都では酒類を提供する飲食店には休業要請が出され、都民は、要請に応じない店の利用を厳に控えるよう呼びかけられている。

 直哉氏はどう答えるのか。携帯電話で話を聞いた。