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78歳“元地上げ屋”と手を組み…神戸市の再開発に重大疑惑 なぜ「さんプラザ」は復興の波から取り残されたのか

歪んだ復興 #1

2021/09/01

 神戸の中心で、最大の繁華街である三宮。この町では今、神戸市によって高度経済成長期以来、半世紀ぶりとなる大規模な「再整備」(再々開発)が急ピッチで進められている。

 コロナ禍の今年4月にも、阪急「神戸三宮」駅の上に高さ120メートルの「神戸三宮阪急ビル」が開業。来年度以降には、西日本最大級となる、高層ツインタワーのバスターミナルの着工も予定されている。

 ところが不思議なことに、その三宮の“玄関口”にあたる、三宮センター街「1丁目」の大型商業ビル「さんプラザ」だけが、なぜか再整備の波から取り残されているのだ。(集中連載第1回/#2に続く

建て替えを阻む“訴訟問題”

 同ビルは1970年、戦後の闇市の流れを汲む同地域の再開発事業の一環として、神戸市によって建てられた地下2階、地上10階建ての区分所有ビルだった。

 しかし、95年の阪神・淡路大震災で高層階の8階部分が圧壊し、7~10階部分が解体撤去。5階以下の低層階は同年9月に復旧し、再オープンしたものの、高層階は再築されることなく、今日に至っている。そして6階部分は今も、1月17日の地震発生当日の姿のまま、放置されている。

 築50年が経過して老朽化が進み、阪神大震災で被災し、耐震性にも不安を抱えているにもかかわらず、このビルが今回の再々開発から取り残されたのはなぜなのか。

「さんプラザ」ビル。かつては10階建てだったが、現在は6階までしか存在しない。奥に見える19階建てのビルは「センタープラザ」、その奥が「センタープラザ西館」。(著者撮影)

 背景には、前述の震災で解体撤去された高層階をめぐる、その所有者と、ビルを管理する神戸市の外郭団体「株式会社神戸サンセンタープラザ」(以下、サン社)との、約30年に及ぶ訴訟問題があるのだという。

「さんプラザは、隣接する『センタープラザ』、『センタープラザ西館』と屋内駐車場で繋がっているという構造上、『三館一体』でないと建て替えは難しい。センタープラザも、西館もさんプラザ同様、老朽化や耐震性の観点から早期の建て替えが望まれているが、それを阻んでいるのが、さんプラザが長年抱え続けている訴訟問題だ」(神戸市関係者)

市の外郭団体が元「地上げ屋」と手を組んだ

 ところが、その経緯を取材しているうちに、驚きの事実が判明した。市の外郭団体が、曰く付きの元「地上げ屋」と手を組み、訴訟相手の所有者を「排除」するという“禁じ手”に及んでいたのだ。

 そして、さらにこの問題を掘り下げていくと、阪神大震災発生当時の、神戸市の復興行政の正当性を揺るがしかねない、重大な疑惑までもが浮上したのである。

 再開発から取り残された「さんプラザ」をめぐって今、何が起こっているのか――。