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宮崎美子が語る“61歳ビキニ写真”「イタイ感じになってないですか?」 奇跡の1枚を生んだ“戒めのワンピース”

「文藝春秋」10月号「小さな大物」より

「週刊朝日」の表紙写真で鮮烈なデビューを飾り、昨年は女優デビュー40周年の記念カレンダーで奇跡のビキニ姿を披露した宮崎美子さん。好奇心の赴くままに、自然に美しく、年齢を重ねる姿はまさに同世代の憧れ。これまでの人生と現在を語っていただきました。(「文藝春秋」2021年10月号より)

宮崎美子さん

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“ちょっと面白い人”というポジションがラク

 生まれたのは熊本で、父は銀行員、母は専業主婦でした。父は優しい鷹揚な人で、怒られた記憶もありません。母は活発な明るい人でした。

1歳頃、阿蘇で。「よく家族で出かけていました。幼稚園の頃だったか阿蘇の草原に出るわらびを取りに行った思い出も」

 父の転勤のために、転校の多い学校生活を送りました。小学校は3回転校して4校に通いました。小学1年の時に大阪の学校に転校したんですが、最初、言葉が分からなくて(笑)。仲間に入れてっていう時、熊本だと「かーてて」っていうんですが、大阪だと「よせて」っていうとかね。あぶりだしの授業だったか、みかんの汁を使って「カスはほかしなさい」っていう先生の言葉が分からなくて、慌てて周りの子を見たこととか、今もよく覚えています。

 どこの学校でも、クラスで人気のきれいな女子の周りで、楽しく盛り上げる“ちょっと面白い人”というポジションがラクでしたね。それは今も変わらないのですが、思い返せばそれは転校生時代に形作られたのかもしれません。