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2021/09/15

 ところが、である。

 こう話してくれた社長の会社が今も、さんプラザの低層階に所有し、営業を続けている店舗が、神戸市に保管されている震災当時の「公文書」では、存在しないことになっている。

 この会社の店舗だけではない。95年9月に再オープンしたはずの、さらには、それから26年経った今も存在し、営業を続けている3階以下のすべての飲食店などが、公文書上、〈解体撤去〉されたことになっているのだ。

181枚の〈明細〉から浮かび上がる“衝撃の事実”

 今回、私は、さんプラザの高層階の解体撤去工事に際し、サン社が95年当時、公費解体を申請する際に、神戸市に提出した〈解体撤去処理業務契約書〉とともに、公費解体の完了後、工事が、前述の契約書どおりに行われたことを証明する〈解体証明対象物件明細〉も入手した。

〈契約書〉の内容については前回(#4)詳述したが、サン社は95年4月3日、解体撤去工事を請け負った「鉄建建設」と、神戸市との「三者契約」を締結。鉄建建設はこれに基づき、同年8月末にさんプラザ7~10階の解体撤去工事を行い、後に、その工事費の全額が、神戸市から鉄建建設に支払われた。

 ならば、その工事が、契約書通り行われたことを証明する〈解体証明対象物件明細〉は、当時、「大倉産業」(#1参照)1社が所有し、実際に公費解体された7~10階の4フロア分、つまりは4枚しか存在しないはず、である。

 ところが、私の手元には181枚もの〈明細〉があるのだ。

 そして、このうち170枚は、3階以下の低層階の区分所有物件の〈明細〉で、そのすべてが、低層階の復旧工事を請け負った竹中工務店など4社ではなく、高層階の解体撤去工事を行った〈鉄建建設〉によって、前述の〈三者契約〉に基づき、公費で〈解体撤去〉されたことになっている。

 
神戸市に保管されている、さんプラザビルの〈解体証明対象物件明細〉。1枚目は、取材に応じてくれた会社社長が、区分所有している店舗の明細。2枚目は、その他の区分所有者のもの。いずれも、現在も同ビル内で経営を続けているにもかかわらず、震災後、公費によって〈解体撤去〉されたことになっている。

 私が冒頭で、前出の会社社長に示した書類は、この170枚の中の1枚だった。

 その明細の〈建物所有者氏名〉欄には、この会社の名前が記載され、同社が現在も、さんプラザ内で経営する店舗が、26年前に〈解体撤去〉されたことになっているのだから、この社長が驚くのも無理はなかろう。

4階から10階までが宙に浮いている?

 一方、残りの10枚も低層階の区分所有物件に関する〈明細〉なのだが、いずれも〈大企業〉、〈撤去のみ〉と記されている。

 阪神大震災では、中小企業の事業所などの解体撤去費用が全額、公費で賄われた一方で、いわゆる「大企業」については、「解体」費用は公費負担の対象とならなかったものの、一定の要件を満たせば、瓦礫の「撤去」費用のみ、その対象となった。

 よって、これら10枚の〈明細〉はいずれも、当時、さんプラザ低層階に店舗を持っていた大企業の、瓦礫の撤去費用に関するものである。

 また、震災当時、市町村などの地方公共団体が所有する建物は「公費解体」の対象外とされたため、当然のことながら神戸市が所有する4、5階の〈明細〉は存在しない。

 そして、最後の1枚については、このサン社による、公費解体をめぐる虚偽申告の核心部分なので、後に触れる。が、この181枚の〈解体証明対象物件明細〉に記された内容が、仮に事実だとしたら、さんプラザは、3階までの建物が存在せず、4階から10階までが宙に浮いているという、なんともシュールな造りの建物になっているのである。