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連載名画レントゲン

ゴッホが最晩年に描いた「夜のプロヴァンスの田舎道」 見る人に“2か月後の死”を連想させるものとは?

フィンセント・ファン・ゴッホ「夜のプロヴァンスの田舎道」(1890年)

2021/09/22

「夜のプロヴァンスの田舎道」を一瞥してすぐ「ゴッホの絵だ!」と分かった人も多いのでは? この短くうねる筆触で埋めつくされた画面は、ゴッホ(1853-1890)らしさそのもの。

 37歳の若さで亡くなったゴッホが画家として過ごした時間は実は10年ほど。しかもこの特徴的なスタイルを確立したのは最後の数年のこと。

 まず、自由な筆さばきや色の対比を1885年のアムステルダム旅行で見た17世紀の画家ハルスの作品から学んだと言われています。ゴッホの色使いは、「ひまわり」「夜のカフェテラス」のような鮮やかな黄色や青のイメージがありますが、それも1886年に移住したパリで印象派と親しく付き合ってからのこと。それ以前は暗く濃いパレットを用いていました。そしてこの絵が描かれたのは、療養のために1889年から1年ほど過ごしたサン=レミ時代も終わりに近い最晩年。

 油絵具の優れたところは、滑らかにも筆跡を残して描くこともでき、薄くも厚くも塗れるところ。ゴッホの絵は一筆ごとの絵具が一塊となり、端が盛り上がっていて、浮彫のような質感があります。その筆致ひとつずつの色、まとまって生まれる大きなうねり、それらが全体の構成の中でどんな役割を果たしているのか。また、ゴッホは対比的な色の取り合わせを大事にしましたが、筆致ごとに何色を使い、何色を隣り合わせているのか。それが引き立て合ったり交じり合ったりする効果が、近くで見たときと少し離れたときでどう違うか。これらを見て味わうことがゴッホの画面の大きな魅力でしょう。

空に浮かんでいる三日月の横の大きな光は金星、その横の小さな光は水星と考えられている。
フィンセント・ファン・ゴッホ「夜のプロヴァンスの田舎道」1890年 油彩・カンヴァス クレラー=ミュラー美術館所蔵

 たとえば、月の描写は黄色を細い三日月状に乗せた後、連続する短い横のストロークで背景の青い部分になじませているため、テクスチャを保ちつつぼかし効果が生まれています。その上に、黄色だけでは背景の青との対比が弱いと感じたのでしょうか、乾いた後にオレンジ色が足されているのが確認できます。

 ゴッホの絵はどれも写生に基づいているのですが、見る人はその色の選択と激しい筆致から、ゴッホが実際に腕を動かしているさまを思い浮かべ、その情念を感じ取るのではないでしょうか。

 絵の解釈についても、散文的に受け取るだけでなく、宗教画を見るような、詩を読むようなイメージの広がりを見出すでしょう。この構図は現実の風景そのままではなく、ゴッホが再構成したものだけに一層そう感じられます。糸杉は単なる木ではなく、古来より生と死の両方を象徴してきたもので、この絵を見る人に約2か月後のゴッホの死をどうしても連想させます。また、小麦畑や道や空までが画面右端の家の方に向かって吸い込まれるような構成の中、直立する糸杉にゴッホの孤高を重ね、手前を歩く二人組にゴッホの他者との親しい関係への憧れを読み取る人も。さらに、画面左側の宵の明星とおぼしき星と右側の三日月を糸杉が分断していることに、連れ立つ二人との対比を見出すこともできるでしょう。

「ゴッホ展――響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」
東京都美術館にて9月18日~12月12日
https://gogh-2021.jp/

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

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