昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

天下人・豊臣秀吉の教科書には載らない裏の顔 歴史に溢れる「毒親」「毒子」

source : 提携メディア

genre : ライフ, 歴史

「愛人は12歳の令嬢たち」天下人・豊臣秀吉の教科書には載らない裏の顔【2021上半期BEST5】

2021年上半期(1月~6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。教養部門の第2位は——。(初公開日:2021年4月17日)

貧民から天下人になった豊臣秀吉は、今も人気が高い“英雄”の一人だ。『毒親の日本史』(新潮新書)を出した古典エッセイストの大塚ひかりさんは「その異常なまでの立身出世や功績の裏には、教科書には載らない苛烈な育ちがある」という――。

※本稿は、大塚ひかり『毒親の日本史』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

南化玄興賛(高台寺蔵) 豊臣秀吉肖像、一部(高台寺所蔵)(作=狩野光信/PD-old-100/Wikimedia Commons) - 南化玄興賛(高台寺蔵)

日本史は「毒親」であふれてる

子供の人生を奪い、ダメにする「毒親」は、近年、盛んに使われだした言葉ですが、もちろん急に親が「毒化」したわけではありません。

古代から日本史をたどっていくと、実はあっちもこっちも、今でいう「毒親」だらけです。日本の主な争乱は、みな身内の争いだったといっても過言ではありません。とはいえ権力者の毒親ぶりは、一般のそれと比べると、あまりにスケールが大きく、また、それに負けない「毒子」も登場します。

今回ご紹介する、秀吉もまさにそんな最強の「毒子」といえます。

皆さんはシェイクスピアの『リア王』をご存知でしょうか。実はこのリア王ほど、あからさまな毒親はいません。まさに毒親の典型例で、秀吉の残酷な行為を考える上で、大きなヒントとなりますので、まずはこちらのあらすじをご紹介しましょう。

ブリテン王であるリア王は、老いたために、3人の娘に領土を分けることにしました。その際、誰が自分を一番大事に思っているかを問題にします。

長女と次女は、表面だけの偽りの愛情を示して、領土を分けてもらいました。ところが、最も可愛がっていた三女が期待通りの返答をしなかったため、三女には何もやらず、フランス王と結婚させて国から追放してしまいました。

「条件付きの愛」はつきもの

「俺はこの子を誰よりもかわいがっていたのだ。だからその手に余生を委ねて、優しく世話して貰おうと思っていたのに」とリア王は言い、その当てが外れたと見るや怒り狂ったのです。