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「厳しいなと思ったとき、ふと浮かんだのが全裸ポーズ」とにかく明るい安村の“隠せなかった未練”

2021/09/22

source : 提携メディア

genre : エンタメ, 芸能, 社会

とにかく明るい安村、妻には隠せなかった芸人への未練。師匠・有吉との出会いで救われた芸歴21年を振り返る

 

今年で芸歴21年目となる、とにかく明るい安村。「アームストロング」というコンビでデビューし、徐々に頭角を現していたなかで突然の解散。そして現在の芸名に変えてピンでの活動を開始するも、その道のりも甘くはなかった。

芸人を辞める決意をしたときに言われた妻からのアドバイス、大ブレイクと世間からの痛烈な批判、師匠・有吉弘行との出会い……苦難続きだった21年の芸人人生を振り返る。

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「ギャラ500円」が遠かった

とにかく明るい安村

──9月28日(火)に『ルミネtheよしもと20周年記念公演 20年の思い出を語ろう!』というイベントに出演されるそうですね。デビュー21年の安村さんとは歴史が近い舞台ですが、ルミネtheよしもととはどういう劇場なんですか?

安村 僕がNSCを卒業してすぐにルミネができたんですよ。だから、アームストロングというコンビを組んでいた若手のころはそこが主戦場で、ゴングショー形式のライブにずっと出ていました。ビラ配りやチケットのもぎりもよくやっていました。新人のころはそれをやらないと本公演を見学させてもらえなかったんです。

──今はヨシモト∞ホール、神保町よしもと漫才劇場などの若手向けの劇場があるので事情は変わっていますが、当時はルミネに駆け出しの若手芸人も出ていたんですね。

安村 そうですね。ゴングショーで勝ち上がるとギャラが100円の「100円芸人」になるんです。そこからさらに勝つと「200円芸人」「300円芸人」と少しずつ上がっていく。

それで「500円芸人」になったら夕方の『5じ6じ』っていうライブでのネタの出番がもらえるんです。そこに出ていたのは品庄(品川庄司)さん、タカアンドトシさん、森三中さん、インパルスさん、ロバートさんとかそのあたりの超豪華な人たちだったんです。だからそこに入るだけでも大変でした。

──一つひとつ勝ち上がっていかないとそこに出られないんですね。