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2021/09/22

source : 提携メディア

genre : エンタメ, 芸能, 社会

とにかく明るい安村、妻には隠せなかった芸人への未練。師匠・有吉との出会いで救われた芸歴21年を振り返る

安村 そうなんですよ。400円まではなんとか行くんですけど、500円はなかなか受からせてくれなかったんです。そこの壁が分厚くて。ライブを劇場の上で観ている作家の人が判定を出すんですけど、ダメだったら300円に降格することもあるんです。400円のまま保留という場合もあって、僕らのコンビは保留が3カ月くらいつづいていました。

当時は相方も若かったので、ネタがすごくウケたのに保留の音が鳴ったときには、お客さんの前でつけていたピエロの鼻を床に叩きつけて怒っていましたね(笑)。それぐらい厳しかったんです。

──でも、最終的には上がれたわけですよね。

安村 上がれたんですけど、本公演に出てからはめちゃくちゃスベってました。ルミネの本公演って基本的に満員なんですよ。警察官のコントをやっていたんですけど、全然ウケてなくて、途中、ふたりでケンカするくだりになったときに、客席の中年男性から「やれ! やれ!」みたいな野次が飛んできて、それが一番ウケるみたいなことがありました。

──本公演に上がってからも厳しい環境だったんですね。

安村 厳しかったですね。お客さんもロンブー(ロンドンブーツ1号2号)さんや極楽とんぼさんのようにテレビに出ている芸能人を観に来ているようなところがあったので、僕らにはけっこうきつかったです。

『東京ってすごい』は嘘がないドキュメンタリー

コンビ時代のとにかく明るい安村

──アームストロングは『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)や『エンタの神様』(日本テレビ)に出たり、『NHK新人演芸大賞』を受賞したりして、コンビとしては順調なイメージがありましたが、なぜ解散してしまったんでしょうか。

安村 まあ、ネタはよかったんですけど、コンビ仲が悪くなってしまったんですよね。僕が東京に来てからちょっと変わってしまったというのもあるんですけど。

──それって『東京ってすごい』みたいな……。

安村 まさにそれなんです。東京の魅力に流されてしまって。