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2021/09/22

source : 提携メディア

genre : エンタメ, 芸能, 社会

──それって具体的にはどういうことなんですか?

安村 北海道の地元にいたころ、相方がガキ大将みたいな感じで、その下に3人くらいがくっついていて、僕はそのうちのひとりだったんです。その4人くらいでいつも遊んでいて、僕は相方についていくだけだったんですよ。

お笑いを始めるというのも、誘われたからただついてきただけで。でも、僕も東京でいろいろな人に出会って、楽しいことを覚えて弾けてしまって、ちょっと積極的になったんです。

相方はずっと僕のことを弟子みたいな感じに思っていたんですけど、僕にも自我が芽生えてきて。そこから少しずつズレていって、解散することになったんです。

──東京が安村さんを変えたんですね。

安村 やっぱり東京ってそういう街じゃないですか。年齢的にも18で出てきたんですけど、それまでは野球しかやっていなくて世間のことを何も知らなかったですからね。

──それまでは純朴な子だったんですね。

安村 そうですね。だから、僕自身が今の状況を一番信じられないです。3人兄弟の末っ子でずっと兄たちについていって、相方にもついていって、誘われてお笑い始めて解散して、僕が辞めないでひとりで裸でやっているっていうのは、ちょっと異常な状態だと思っています。

──そこからあの『東京ってすごい』のネタが生まれたんですね。

安村 そうです。あれはただの自分のドキュメンタリーですからね。

──あれをテレビで披露したときには相当な反響があったんじゃないですか?

安村 そんなつもりじゃなかったんですけど、やっぱりそういう嘘がないドキュメンタリーっていうところがにじみ出ちゃってたんでしょうね。

『東京ってすごい』

妻には隠せなかった芸人への未練

 

──実際、そんな安村さんがコンビを解散してピン芸人になるというのはすごい決断じゃないですか。そのころには芸人を辞めようかとも考えていたんですよね。

安村 そうです。仕事も収入も減ってきているし、コンビとしてのビジョンもあまり見えなくなってきちゃって。ふたりで『アメトーーク!』(テレビ朝日)とかのひな壇に出ているのがまったく想像できなかったので、これはもうダメだなと思って解散したんです。