昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「今まで関わってきた中で、一番ダメなディレクターだな」

 X氏の圧力に苦しみながら、柏田さんはさらに過酷な勤務を強いられていた。

「『Buzzリサーチ』は岡山や香川の珍しいスポットを紹介してネットでバズらせるという番組。月に一度、ハナコさんに来てもらい、4本収録するのですが、月間12本の企画を2人のディレクターとX氏の3人で担当していた。柏田さんは連日、早朝から深夜まで働き、2日連続で徹夜することもあって、疲れ果てていましたね」(番組関係者)

 事故の前には周囲も明らかな異変を感じていた。

「日に日に痩せ細り、インタビューした相手の年齢を何度も聞き直すなど、様子がおかしくなってしまった。周囲のスタッフは『絶対に休ませたほうがいい』と心配していました」(同前)

 柏田さん本人も状況を変えようとしていたという。

「X氏のパワハラや過酷な勤務状況について社の幹部らに相談したそうですが、会社は問題を放置し続けた。後日、柏田はその幹部について、『あの人、ダメっすわ』と言っていましたから」(別のOHK関係者)

 さらにOHKは組織改革によって、現場にしわよせが来ている状況にある。

「制作現場のディレクターなど、現場の社員のほとんどが子会社に出向になってしまった。子会社からはOHK本体に対して意見を言いづらく、結果、社員からの声がOHK幹部に届きにくくなっている」(同前)

 自殺当日、朝5時半までパソコンにログインしていた柏田さん。実は直前のX氏のこんな言葉で、ひどく落ち込んでいたという。

「今まで関わってきた中で、一番ダメなディレクターだな」――。

亡くなった柏田さん

 柏田さんの自殺翌日、元OHKアナウンサーの淵本恭子氏が、自身のインスタグラムでこう綴った。

〈会社って、人の命や人生をどう考えているんでしょうね。命より大切な仕事なんて存在しますか? 会社は、事実から目を背けないでください。真実を隠さず、明るみに出してください。〉

〈いったい何人を追い込んだら、気が済むのですか? 何人潰したら、変わってくれるのですか?〉

 OHK社員が説明する。

「淵本さんは以前、労働組合で柏田君と一緒に活動していたのでずっと親しく、パワハラや長時間労働の相談も受けていたのです。柏田君の自殺後、組合には他の社員からも告発の声が寄せられています」

 X氏に電話で話を聞いた。