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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2021/10/05

genre : ニュース, 社会

 3月下旬以降、隆也さんは嘔吐と下痢を繰り返すようになっていたため、食事はそれまで1日に食パン6枚だったものを4枚に減らされていた。そうしたなかで、これほどの食事を一気に摂るのは異例のことである。

死ぬ約1週間前ころから吐き続けていた

 前記公判の検察側の論告書(以下、論告書)には、松永らと一緒にいた広田清美さんによる供述がある。

〈隆也は、死ぬ約1週間前ころから、「片野マンション」の浴室の排水溝に顔を近づけて吐いていた。隆也が吐いた物は緑色をしており、松永が飲んでいたサクロン(胃薬)と似た臭いがした。この時期の隆也は、吐き続けていたという印象が強い〉

 以下、ふたたび判決文からである。

〈翌朝(8日ころ)、緒方が、浴室を覗くと、隆也は、身体を丸めて寝ており、花奈が、緒方に対し、「お父さんが昨夜吐きました。」と言って、嘔吐物の入ったスーパーのビニール袋を2、3袋差し出した。ビニール袋には半分より少ないくらいの嘔吐物が入っていた。隆也は顔と上半身を少し持ち上げただけで、起き上がることはなかった。隆也は、松永や緒方から「寝ていい。」と言われたとき以外は立っているように指示されており、その日以前緒方が浴室を覗いたときに隆也が横になっていたことはなかった。緒方は、よほど具合が悪いのかと思い、隆也に対し、「大丈夫ね。」と声を掛けたところ、隆也は何も答えず、花奈が、「昨夜のうちにこれだけたくさん吐きました。ずっと吐いてるんです。ずっと様子が変なんです。」と言った〉

パンを減らし、通電の制裁はせず

 緒方はすぐに松永のもとに向かい、隆也さんが吐いたことを報告している。

〈松永は浴室に来て、花奈に隆也の様子を尋ねた。松永は、緒方に対し、「昨日××屋で一体何を食べたんだ。」と尋ね、緒方が隆也が前日にとった食事を説明すると、松永は、「具合が悪いときに欲張って油ものなんか食べるから、こんなふうに具合が悪くなるんだ。」と言った。

 

 松永は、緒方に指示して、隆也に1日3回胃薬のサクロン1袋ずつを与えさせた。隆也はサクロンを飲んだが、30分くらいすると吐いた。松永はその日は隆也に食べ物を与えず、花奈に対し、浴室に置いていたペットボトル入りの水道水を隆也に飲ませるように指示したが、隆也は水を飲んでも30分くらいで吐いた〉

幼稚園勤務時代の緒方純子(1983年撮影)

 隆也さんは、その翌日になっても状況が変わらずにいた。

〈緒方は、隆也がサクロンを飲んで吐く都度松永にその旨報告したところ、松永は、「サクロンには吐き気を誘導する作用があるから、それで吐いているのかもしれない。」などと言った。松永は隆也に与える食パンの枚数を4枚から2枚に減らした。緒方は、松永の指示を受けて、隆也に対し、1日1回マヨネーズを塗った食パン2枚を与えた。隆也は食パンを食べたが、しばらくすると吐いた。緒方はこのことも松永に報告した。松永は、通常、このような場合食べ物を粗末にしたとして通電等の制裁を加えたが、そのときは隆也に対して制裁を加えなかった〉

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