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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2021/10/05

genre : ニュース, 社会

胃薬を与えたが、水を飲んでも吐いていた

 翌10日頃になると、隆也さんの状態は前日よりもさらに悪くなったという。

〈緒方は、隆也に対し、1日3回1袋ずつサクロンを与えたが、いずれもしばらくすると吐いた。隆也がサクロンを飲んでから吐くまでの時間が前日よりも短くなった。隆也は、吐くときも上半身を起こさなくなった。緒方は、松永の指示を受けて何回か浴室に行き、隆也の様子を自分で見たり花奈から聞いたりして、松永に報告した。松永が、「そんなに吐くんだったら、もったいないからもう薬は飲ませなくていい。」と言ったので、サクロンを与えなくなり、その後は隆也に対して手当らしいことは何もしなくなった。松永は緒方に指示して、隆也に与える食パンの枚数を1枚に減らした。隆也は食パンを一旦は飲み込んだが、すぐに吐いた。隆也は水を飲んでもすぐに吐いた〉

 すでに悪化の一途をたどっていた隆也さんの体調は、放置されたことで急激に変化していく。以下、11日頃と12日頃の様子である。

〈(11日)隆也の状態は更に悪くなった。緒方が隆也に食パン1枚を与えても、隆也は、「もう食べられないので結構です。」と弱々しく言って断った。緒方は松永にこのような隆也の様子を報告した。松永は、食事を断れば怒るのが通常だったのに、そのときは怒らず、隆也に対し、「本当に食べられないんですか。」などと尋ね、隆也が「はい。」と答えると、緒方に対し、「無理して食べさせない方がいいだろう。」と言った。松永は、花奈に対し、浴室内に置いていた水だけは飲ませるように指示したが、花奈は、「水を飲んでもすぐに吐いてしまう。」と言った。

 

(12日)隆也の状態は更に悪くなった。被告人両名は隆也に対し食べ物や薬を与えなくなった。松永はリポビタンDを与えたが、隆也はこれを飲んでもすぐに吐いた。水を飲んでもすぐに吐いた〉

小学生時代の松永太死刑囚(小学校卒業アルバムより)

「おとうさんが死んだみたいです」

 緒方一家から死者が出るたびに、人工呼吸や心臓マッサージといった救命措置を施したのと同じく、松永は介抱や手当をした“フリ”を見せることで、自身の関与を否定する材料にしてきた。ここでの「リポビタンD」の投与も、同様の理由によるものだと見られる。そしてついにその日(13日頃)はやってきた。

〈松永は、隆也に対し、栄養ドリンク剤オールPのアンプル1、2本を与え、その後、ビールの500ミリリットル缶を与えた。緒方は、花奈から、「オールPを吐かずに全部飲んだ。」と聞いた。松永は、緒方に対し、「水やリポビタンDは吐くのに、オールPは吐かんのやけんな。」と揶揄するように言った。松永は、洗面所から空のビール缶を持って出て来て、緒方に、「ビールも飲んだぞ。」と言った。

 

 緒方は、隆也にビールを飲ませてから1時間か1時間30分くらい経ってから、浴室に隆也の様子を見に行った。緒方が浴室ドアを開けると、花奈が、「お父さんが死んだみたいです。」と無表情のまま小声で言った。隆也は、浴室入口ドア付近で、足を窓側に向け、身体の左側を下にして横臥し、身体を丸めて腹を抱えるような姿勢で動かなくなっていた。隆也は腹が痛かったのでそのような姿勢をしたのだと思う。隆也は穏やかで眠ったような表情をしていた。隆也がビール等を吐いた様子はなかった〉

 こうして、緒方を除く緒方一家の大人は、全員がこの世から消されたのである。

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