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「三代住んでも"よそ者"扱い」山梨の田舎に移住して直面したしんどい人間関係

そうすると「組外」と呼ばれるようになって、さらに臍を曲げた。

そんなわけで自分たちをどういうわけか、「チロリン村」といい、その「村民」といっていたが、いつの間にか代替わりをして、私がこの「チロリン村」の「村長」に押し上げられてしまった。

移住者は自然を求め、地元民は便利を求める

村八分にされたという話は、今でもたまに聞く。

意味としては、葬式と火事以外の八種類の交際を断つ――だから村八分なのだそうだが、真相は定かではない。

しかし、それはそもそも村内のことで、よそから来た部外者を村八分というのは妥当ではない。もともとのアウトサイダーを仲間に入れないのであれば、単純な拒絶である。

この国の村落では当たり前のようになされることだろう。

よそ者はやっぱりよそ者なのである。

郷に入れば郷に従えという諺があるが、いくら従っても、あちらは本心から自分たちを信じてくれるわけではない。だいいち、何でもかんでも地元に従うなんてやり方のほうが無理がある。

考えてもみてほしい。

たとえば自然豊かなこの土地。我々はその自然を求めて都会から移住してくる。ところがもともとここに暮らしていた人々にとって、自然とは不便さの代名詞なのである。

彼らと話していて、「近くにスーパーができたから良かったね」とかいわれる。つまり、常に地元民は“便利”を求めているのである。

たしかに二十年前、物流が今のように発達していなかった頃、ここらで魚といえば冷凍庫の蓋を開けてカチンコチンに凍り付いた魚を買っていた。それが今、地元のスーパーの食品棚には新鮮な刺身がずらりと並び、ときとして“マグロの解体ショー”までもが行われている。

時代が変わったといえばそれまでだが。

お互いの間にある壁の原因

ここで必要なのは、お互いの“距離感覚”の維持である。

すなわち――近づきすぎても離れすぎてもダメ。適度な距離を保って適度に付き合う。

しかもその距離はTPOによって調整する。そこが大事。