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皇族は世間からうらやましがられる存在ではない

「世間では、皇室がすごい力を持っていて、皇族はきらびやかな生活をしていると考える人もいるようです。しかし眞子さまとしては、皇室の中に幽閉され、人権も与えられず、投票権もなく、何十年も過ごさなければならない立場のことをもっと国民にも考えてほしいというのが正直なお気持ちなのです。皇族は高みにおられるわけでもなく、世間からうらやましがられる存在ではないと本人は感じています。

 小室さんとの結婚は、世間に対する反逆とは言わないまでも、挑戦というつもりはおありになる。『もし自分が皇族の立場におかれたらどうか、考えてほしい』というのが眞子さまからのメッセージなのです。

 ですから自分だけが皇室からエスケープすればいいと考えているわけではなく、『いまは20人弱となった皇族に、生まれてから死ぬまで自由を与えないことを考えてほしい』『現代の日本社会においてそんなことが許されるのか』という問題提起でもあるのです」(前出・宮内庁関係者)

眞子さま ©JMPA

「容認」なのか「反対」なのか

 今後、ご結婚に向けた動きに対して障壁があるとすれば、それは秋篠宮ご夫妻のご意向だろう。

 紀子さまはある時に、周囲にこう漏らされていたという。

「お相手の方は問題があるのに、娘は本当に馬鹿なところがあって、その辺もよく分からないので。私は非常に困っていて……」

 昨年11月に行われた誕生日会見で、秋篠宮さまは、〈結婚することを認める〉とおっしゃりながら、会見の最後で、〈(金銭トラブルの)いろいろな対応をしているとしてもですね、やはりそれが見える形になるというのは必要なこと〉と条件を付けられ、さらに〈特に結婚と婚約は違いますから〉と付け加えたため、真意は果たして、「容認」なのか「反対」なのか、その解釈をめぐって世間に議論が巻き起こった。

 秋篠宮家関係者はこう断言する。

「秋篠宮さまの本音は、今も『結婚反対』です。あのとき容認ととられる発言をしたのは、会見直前に眞子さまが発表されたお気持ちに、『結婚は生きていくために必要な選択』とまで書かれていたからでした。まるで自らの人生を賭けるかのような非常に切実な内容だったので、父親としては、そこまで思いつめる娘の気持ちを傷つけたくはなかったのです。それで、わざわざ憲法まで持ち出して、あくまでも形式的な意味で、『結婚を認める』とご発言されたというのが真相です」