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2021/10/17

「私たちもそれは把握していません。親から息子に事件の詳細を尋ねるのはどちらにとっても苦しいことだと思い、府警の刑事さんに任せていました。捜査の過程で刑事さんに『股間を舐められた、とようやく告白してくれました』と伝えられました。今年に入ってから息子は、『頭痛がする』『寝られへん』と口にするようになり、学校に通うのも難しい状態で、病院で診察を受けるとPTSDと診断されました。水落が逮捕されてからは落ち着いてきていますが、事件の内容が内容なだけに、これからの人生にどんな影響があるかわからない。息子は検事さんからの聞き取り調査で『(水落を)二度と刑務所から出さんといてください』と訴えたそうです。その気持ちは私も同じです」(A君の父親)

 福岡県出身の水落は、東福岡高校2年生だった2007年夏に、エース左腕として甲子園に出場した経験を持つ。ドラフト指名を待ったが声はかからず、福岡大学スポーツ科学部スポーツ科学科に進学。卒業後は企業勤務を経て2017年から進学校として知られる奈良の中高一貫校で常勤講師となり、中学軟式野球部の監督を務めた。

野球部の集合写真におさまる水落

福岡の甲子園常連校でも指導

 翌年には福岡の甲子園常連校で非常勤講師として野球部を指導し、大阪偕星学園の保健体育科の常勤講師になったのは2020年4月のことだった。野球部の内情に詳しい人物が語る。

「希望すれば前任校でコーチを続けることもできたようですが、大阪の野球を勉強したいということで、大阪偕星にやってきた。ただ、当時の山本監督と馬が合うかは大きな不安があった」

2007年の夏の甲子園大会に東福岡高校の投手として出場した水落 ©時事通信社

 大阪偕星学園を2021年3月まで率いていた山本監督(現・倉敷高校野球部監督)は令和の高校野球界では珍しいほどの熱血漢で、練習は深夜0時を過ぎることもあった。甲子園出場を決めた2015年に筆者は密着取材したことがある。保護者がいようがマスコミがいようが周囲の目を気にすることなく、生徒に投げかける言葉は直情的で、乱暴だが、グラウンドを離れれば情に篤い一面もあった。しかし、甲子園出場後はワンマン体制でコーチが長続きしないケースも多かったという。