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大河ドラマ『青天を衝け』で身重の愛人が…橋本愛演じる妻・千代“烈女”の実像「命も捨てようと」

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2021/10/24

「文藝春秋」9月号より「渋沢栄一『2人の妻とお妾さん』」を公開します。(全2回の1回目/後編に続く)

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真砂に住むお妾さん

「帰途一友人ヲ訪ヒ、夜十一時半帰宿ス」

 500の企業を育て、600の公共事業に携わった実業家・渋沢栄一。彼の日記には、しばしば「一友人」という言葉が登場します。どうやらこれはただの友人ではなく、親しくしていた女性を指すらしい。

 日記を書いたとき、渋沢は68歳。真砂に住むお妾さんを頻繁に訪ねていたようですが、彼には、生涯で彼女のほかにも何人も親しい女性がいたことがわかっています。

渋沢栄一

 渋沢の四男・秀雄はこう振り返っています。

「兄も私も父の家にいたころ、たまに兜町の事務所から帰宅する父の自動車に乗せてもらうことがあった。

『御陪乗願えましょうか? と訊いて、すぐ“ああ”と返事したときは真っすぐご帰館だが、“うん?”という曖昧な返事のときには即座に引き下がらねば……自動車は本郷4丁目の角を左に曲がる晩なんだよ。』当時、父の『一友人』は本郷真砂町に住んでいたのである」(『明治を耕した話』)

 私の専門は19世紀のフランス文学ですが、30年ほど前、渋沢がパリで学んだという資本主義そのものの研究があまりなされていないことを知り、探求心を掻き立てられました。原稿用紙1700枚近くに及ぶ評伝を書き進めるうちに、渋沢のこれまで取り上げられなかった私生活についても知るに至ったのです。

父の考えで早くに結婚したものの……

 渋沢の生涯を辿る大河ドラマ「青天を衝け」ではきっと描かれないでしょうが、その女性関係を知らずして渋沢栄一を語ることはできません。そこには、謹厳実直一辺倒でない彼の魅力が詰まっています。

 2人の妻と何人ものお妾さんを持ち、一体どのような生活を送っていたのでしょう。

 渋沢は19歳のときにいとこの尾高千代と結婚します。当時でもかなりの早婚ですが、ここには渋沢の父の思惑がありました。尊王攘夷にかぶれた渋沢は、おとなしく家業の藍玉作りに励むことをしなくなった。所帯を持たせれば少しは落ち着くのではないか、との父の考えから実った結婚でした。

大河ドラマ『青天を衝け』で、千代を演じる橋本愛 ©文藝春秋

 実際の渋沢は所帯を持って落ち着くどころか、ますます政治に深入りしていきました。1863年、高崎城乗っ取り計画に頓挫した彼は、ついに妻と乳飲み子を残して故郷を離れることにしたのです。