「あたし、新しいベッドとティーカップが欲しいわ」
「もしもし……お母さんやけど、元気してるん?」
「うん」とあたいは返事する。母ちゃんは興味なさそうに「そう……」とだけ返した。
「あんな、実はお金頼みたくて。姉ちゃんから聞いてるやろ? ずっと前に引っ越して、いろいろ捨ててもうてん。あたし、新しいベッドとティーカップが欲しいわ」
―その言葉で、力が抜けた。
あたいはまた母ちゃんに笑わされちゃった。2年ぶりの連絡が、謝罪や現況の確認じゃなく、お金に困ったから融通して欲しいという催促の連絡だなんて。
彼女なりに思うところがあって、今まではあたいにコンタクトやアクションを取らずに控えてたのかもしれないけれど、そんな心理的な障壁や時間の溝を乗り越えて連絡してきた理由が“金銭の催促〞だなんて、ほんと笑っちゃう。そう、あたいは、母ちゃんにとってもう自由に勝手に生きてる人で、その分お金に余裕がある人間だと思われていたのだ。
「4万でいいの」
返事をせぬまま押し黙るあたいに耐えかねたのか、母ちゃんは言葉を重ねる。けれどそれもあたいの神経を逆撫でするもので、自分が母ちゃんにしっかり怒りを覚えられるようになっていて安心した。
「あたいゲイやで? 忘れたん? あんたみたいなオンナ大っ嫌いよ」
あたいはこれでもかってくらいオーバーな、オネェ口調で嘲笑った。
そう、世間一般のオカマさんの女嫌いってイメージを利用して、もう母ちゃんの知る大人しい男の子はここにいないってふりをして。
そして返事を聞かずに通話を切った。
子どもっぽいやり返し方だと思う。
だけれどあたいが自分の人生を生き始めた証明を、しっかり示すにはこれしか無いと思ったのだ。
母ちゃん、あたいはあなたの息子だけど、あなたの理解の範疇や限度を超える他人でもある。
そして今はもう違う人生を生きる、違う生き物だから。
だから母ちゃん、ちゃんと生きて。
あたいもちゃんと生きてるから。
そしてお互いがしっかり相手を尊重できた時、やっとあたい達は大人として対話できるはずだから。
その時が来たら、あたいは嬉しい。