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2021/11/15

source : 文藝春秋 2005年1月号

genre : ニュース, 社会, 皇室

黒田さん母は「大変だけど、自分の生き方は変わらない」

 壽美子さんは「大変ですね」という周囲の気遣いに、「大変だけど、自分の生き方は変わらない」と落ち着いた様子だという。

 黒田さんは、いわゆる名家の出身でもなければ、飛びぬけた資産家でもない。サラリーマン家庭に育ち、自身も東京都庁に勤める地方公務員。父親を早くに亡くし、結婚後は母親との同居が前提――。こうしたごく庶民的な条件をもって、黒田さんに白羽の矢が立ったとは考えにくい。結局は、ご学友として秋篠宮の信頼が厚いという、その人柄によるところが大きいのではないか。

 学習院の同窓生たちに、クロちゃんこと黒田さんについて聞いた。「初等科のころは、宮さま(秋篠宮)と背格好や雰囲気が似ていて、双子のようだと言われていました。クロちゃんは初等科で既に背が170センチくらいに伸び、運動会の学年リレーではいつもアンカー。毛脛なんかも早くから生えて、半ズボンの制服とランドセルがもっとも似合わない小学生でした(笑)」

 高等科では写真部に所属。秋篠宮が部長で、黒田さんは副部長となった。お二人は地理研究会にも所属。これは、後に地誌研究会となり、大学に進むと、自然文化研究会へと発展した。

「メンバーはさまざまな大学から集まり、休みを利用して遺跡見学旅行をしました。黒田さんは役職にはつかないけれど、みんなのサポートをしていました」

天皇皇后両陛下(当時)と紀宮さま(当時) 宮内庁提供

 この「裏方にまわり、ごく自然なかたちで気配りができる人」という評価は、多くの人が口にする。たとえば仲間うちのバーベキューで足りない材料があると、誰かが気づく前に黙って買いものに出るような人だという。

「宮さまがクロちゃんを信頼するのは、頼みごとをすると、リーズナブルな時間内にちゃんとリアクションがあるからです。クロちゃんは貴任感が強く、何かやるとなれば、てきぱきと人を集めたり会場をおさえたりする。宮さまを中心とした同窓生の『78(ななはち)会』が年1回、都内のレストランに集まるときもずっと幹事役です」

クロちゃんが公務員になったと聞いて

 決して堅物というわけではなく、宴会ではマイケル・ジャクソンのムーンウォークの物真似を披露したり、カラオケではマラカスを振りながら、曲にあわせて踊る。冗談が受けないと「欽ちゃん走り」のポーズでフォローするという、ひょうきんな一面もあった。場を盛り上げるために彼なりの気遣いをしていたのでは、と友人達は言う。

 趣味はカメラと自動車。カメラはアンティークを好み、イギリス車を愛する。運転する時は姿勢を崩さず、駐車スペースに真っ直ぐに入るまで、やり直す。

 初等科入学いらい16年、秋篠宮に寄り添って支えた学習院生活を終え、黒田さんが選んだ職場は三井銀行(現・三井住友銀行)。96年、31歳で退職し、翌年、東京都庁に転じる。母親のためにも転勤がない地方公務員で、かねてから興味のあった都市整備の仕事を選択したと言われる。

 友人のひとりが語る。

「クロちゃんが公務員になったと聞いて、『これでいよいよ紀宮さまとご結婚だな』と半分冗談、半分本気でからかうと、『そんなことないよ』と笑っていました」

 秋篠宮の親友にして、永遠の花婿候補。こうした見方は友人のあいだで、そして宮内庁のなかでも共有されていた。

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