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「兄二人よりしっかりしている」紀宮さまのとり計らいで、美智子さまと紀子さまは…《秋篠宮ご夫妻は“どうしてもいま結婚したい”と迫った》

#3

2021/11/15

source : 文藝春秋 2005年1月号

genre : ニュース, 社会, 皇室

 2005年11月15日、黒田慶樹さんとの結婚式と披露宴の日を迎えられた紀宮さま(現・黒田清子さん)。ご結婚により皇族としての身分を離れられるまで、内親王として本格的に公務に励み、外国を公式親善訪問したのは、紀宮さまが初めてでした。ジャーナリストの友納尚子氏による「サーヤのご結婚 その全真相」(「文藝春秋」2005年1月号)を特別に全文公開します。(全3回の3回目/#1#2から続く)

2004年4月、吹上御苑でバードウォッチングをされる紀宮さま(当時) 宮内庁提供

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

中等科でのニックネームは「たらこ」

 美智子さまが望んだとおり、紀宮さまは優しい少女に育っていく。自分のことは自分で、という美智子さまのお考えもあり、幼稚園のときからご自分で着替えをし、お料理も早くからお手伝いしていた。学習院では紀宮は「ミーヤ」と呼ばれた。「ミーヤは地味だけれど優しくて、本当にいい人」と同級生は声を揃える。

「体育祭で負けて悔し泣きをしている子がいると、もらい泣きしていたことがあります。困っている人が話しかけてくると、どんな時でも嫌な顔をせずに丁寧に聞いていました」

「中等科でのニックネームは『たらこ』です。焼きたらこが大好きで、美智子さま手作りのお弁当に必ず入っていました。ミーヤが他の子のお弁当を見て『それなあに』と尋ねたのは、ふりかけでした。初めて見たのでしょうか。さっそく翌日のミーヤのお弁当には、ふりかけが登場したそうです」

1986年6月、東京ディズニーランドを訪れ、ミッキーマウスの歓迎に喜ばれる紀宮さま(当時) ©共同通信社

 高校2年のときに、御所にお花見に行ったご学友の一人は、こう語る。

「ご家族とても仲が良さそうでした。1階の応接セットがあるお部屋で話をしていると、窓の外を蝶々のようにひらひらと走ってこられるご婦人がいて、誰かしらと思ったら美智子さまだったのです。お花見のスポットまで移動するお迎えの車が来たことを、わざわざ知らせに来てくださいました。通された部屋に、『燃える闘魂』とかプロレスのビデオがたくさんあったので、誰が見るの、とミーヤに聞いたら、『下の兄よ』と笑っていました」

『風の谷のナウシカ』が大好き

 美智子さまの才能を受け継いでか、紀宮さまは幼いころから文学や芸術への関心が高かった。中等科の学芸会では映画「ローマの休日」のようなストーリーの「レディ・アンを探して」というお芝居の脚本を担当。学習院ならではの難解な漢字テストでも常に1、2位を争っていた。

美智子さまと紀宮さま(当時) 宮内庁提供

「ミーヤは宮崎駿のアニメ、なかでも『風の谷のナウシカ』が大好きでした。ナウシカのグッズや本が欲しくても、自由に買い物ができないから、とっても申し訳なさそうにお友だちに『いいかしら……』と頼まれるんです。みんな、ミーヤのお小遣いの範囲で、見繕って買っていましたよ」

 東宮御所のなかでスタジオジブリのフィルムによる新作上映会が行われたこともあるという。「暴れん坊将軍」や「銭形平次」などの時代劇がお好きで、御所の職員に配役したことも。さだまさしのコンサートに行ったりと、年齢のわりに渋好みの一面もお持ちだった。もっとも、最近は「冬のソナタ」のビデオなども、ご覧になるという。