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2021/11/13

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 芸能, 音楽

「最後に…」、草彅の言葉を引き取った木村が一瞬ためを作り、

「これから自分たちは、何があっても前を見て、ただ、前を見て進みたいと思っています」

 締め括りの曖昧な表現と共に全員が深々と頭を下げ“公開謝罪劇”は幕を下ろした。「解散」という文言に一切触れることなく、関係者の思惑通り、ジャニーズ事務所で活動を継続することが正式に表明されたのだった。

「公開処刑」と断じた報道もあった

 NHKを始め一般紙をも巻き込んで解散危機が報じられた国民的人気グループSMAPだが、この場面の瞬間最高視聴率は37.2%を記録し、翌日の新聞では「SMAP存続表明」「空中分解は回避」という見出しが躍った。また一方で「公開処刑」と断じるものもあったが、いずれにせよ解散騒動は瞬く間に収束する形となった。同日、安倍晋三首相が参院予算委員会で、「SMAPが多くのファンの期待、願いに応えて存続することはよかった」と述べるほど国民的関心事となっていたこの騒動。だが、冒頭紹介した謝罪の模様を何度視聴したところで経緯や背景は全く伝わってこない。夢を与えるスターの輝きとは程遠い陰鬱なSMAPメンバーの残像が心に張り付くだけで、例えようもない強烈な“違和感”が我々を襲うのである。

©文藝春秋

 はたしてこれはいったい何だったのか。

 発端は今年1月13日付の日刊スポーツが「SMAP解散 キムタク以外独立」、同時にスポーツニッポンが「SMAP分裂危機」と両紙ともに一面トップで報じたこと。「SMAPの育ての親」とされる飯島三智マネージメント室長(58)がジャニーズ事務所を退社する意思を固めており、それに伴い中居、稲垣、草彅、香取の4人が同事務所を退社、独立し、木村は事務所に残留する方向だと2紙は伝えた。その報道を受けたジャニーズ事務所が「この件について協議・交渉がなされている事実は存在します」と認め、一気に顕在化したのである。

バラエティ番組に活路を求めたSMAP

 SMAPは1988年に、光GENJIのバックダンサーだった少年グループから先の5人に加え、96年に脱退した森且行(41)の6人で結成され、3年後の91年9月に「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。しかし当時は音楽番組が次々と消滅する「アイドル氷河期」だったため、人気が伸び悩んでいたSMAPはバラエティ番組に活路を求めた。王子様アイドルがお笑いをするなど考えられなかった時代にコントに挑戦するなど、その後の芸能界の嚆矢となる斬新な活躍を見せた。

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