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2021/11/13

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 芸能, 音楽

「夢がMORIMORI」や「SMAP×SMAP」などの番組を通じて知名度や人気を獲得したSMAPは、フジテレビ「月9」ドラマに出演した木村がキムタクの名で流行語になるほどブレイク。中居も司会業で実力を発揮し、それ以外のメンバーもドラマや舞台、バラエティなどに積極的に進出した。グループのみならず個人活動でも幅を広げ、「夜空ノムコウ」「らいおんハート」などのミリオンヒットを飛ばす頃には、SMAPは押しも押されもせぬ国民的グループとなった。そうした成長の背景にはジャニーズ事務所の後ろ盾も大きかったが、飯島氏の献身的なプロデュースが功を奏したと芸能界ではいわれている。

「私にマネージメントを」飯島女史との強い関係

 デビュー曲がジャニーズ史上最低の枚数しか売れなかったSMAPは当初「この先、売れっこない」と、不遇の扱いだった。しかし、

「当時ジャニーズ事務所でデスク職だった飯島さんが『私にマネージメントをさせてください』とメリー喜多川副社長(89)に直訴し、原宿にあったジャニーズの合宿所から追い出されていた彼らを自分のアパートに呼び寄せ食事の世話などいろいろと面倒をみた。事務所から疎んじられていると感じていた少年たちからすれば飯島さんは大恩人に映ったことでしょう」(当時を知る芸能関係者)

ジャニーズ事務所旧社屋 ©時事通信社

 それ以来、両者には強い信頼関係が生まれ、「成功の陰には飯島女史あり」とまで囁かれるようになった。翻るとSMAPの躍進はジャニーズ事務所の急成長と密接に関係している。大手民間調査会社のデータ(同事務所の最終公表データは04年で終了)を基にした法人所得を調べると、93年度に10億円余だったのが、右肩上がりの成長を続け、そこからわずか8年後の01年度には、10倍以上の120億円を突破。最近10年間は嵐の人気が加速したものの、それまではSMAPとともに成長路線にあったことは間違いない。いまや政財界にまで大きな影響を及ぼすジャニーズ事務所は、

「申告所得では業界最大手のナベプロやホリプロ、吉本興業を遥かに凌ぎ、音楽ソフトのセールスなどから連結で年間700億円~1000億円の売り上げが推測される。うちSMAPの売り上げは250億円といわれています」(経済専門誌記者)

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