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2021/11/13

source : 文藝春秋 2016年3月号

genre : エンタメ, 芸能

見せしめのような“公開私刑”

〈私も大変困ってまして(中略)私も被害に遭っている立場で、それはジュリーさんもそうだと思います。ジャニーズ事務所全体がそういうふうに見られている。そのように足を引っ張りたい方もいらっしゃると思うんですよ〉

 俯き加減で派閥の存在を再三否定する飯島女史だったが、さらにメリー氏はこう言い放った。

〈だって(共演しようにも)SMAPは踊れないじゃないですか。あなた、タレント見ていて踊りの違いってわからないんですか? それで、そういうことをお書きになったら失礼よ。(SMAPは)踊れる子たちから見れば、踊れません〉

 長年に亘ってジャニーズ事務所と敵対する週刊誌の記者の目の前で、飯島女史ひとりが繰り返し打擲(ちょうちゃく)されるように咎められた。圧倒的な力の差。彼女はひたすら無実を訴えたが、怒濤のようなメリー氏の攻撃は止まらなかった。

メリー氏

〈いや、すごい問題ですよ。だから、この人を呼んでいるのは、私、何にも(根拠)なしにね、『飯島、こういう噂だから、あんたクビだよ』と言うことはできない。今、ここでこういう話を聞いているから、飯島、私はこう言いますよ。『あんた、文春さんがはっきり聞いているんだから、対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう。あなたは辞めなさい』と言いますよ〉

 まるで見せしめのような“公開私刑”だったに違いない。余談となるが、筆者もこの出来事の5年前、週刊誌に書いた記事に関してメリー氏に呼び出された。飯島氏と同じ場所で5時間以上取り調べのように詰問され、「殴るぞ!」と恫喝され、決裂して帰ろうとすると「帰るな!」と怒鳴りつけられた。同じ席には、ジャニーズ事務所の弁護士と役員が同席していた。彼らを従え、記事に対して激しく反論するメリー氏。筆者としては理不尽としか思えない主張の繰り返しだったが、この凄みがジャニーズ事務所を芸能界のトップに押し上げた原動力かと、痛感したのだった。

ジャニーズ事務所旧社屋 ©時事通信社

「飯島は私の子供じゃないんだもの」

 翻って飯島女史だが、その後もとどまることなく続いたメリー氏の叱責は、週刊文春が記事で詳報を掲載。そしてメリー氏は飯島氏に引責辞任を迫るかのように激しい言葉を浴びせたのだ。

〈飯島に関しても私の管理の仕方が悪いんですよね。だから、みんな勘違いしちゃう。うちの娘と飯島が争うなら私は飯島に『出ていけ』と言うしかない。だって、飯島は私の子供じゃないんだもの〉

 ジャニーズ事務所は芸能界で絶対的な地位にあり、いくら理不尽なことを突き付けられても、メリー氏がその中で“絶対”である以上、飯島氏にとってその言葉は最後通牒も同然だったろう。この記事の後、意気消沈した飯島氏だったが、再度奮起して昨年夏に独立を画策したという。スポーツ紙デスクが語る。