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連載名画レントゲン

あと一撃で木が倒れる…! 一目でわかる“緊張感”を生み出した「逆N字」の構図とは?

フェルディナント・ホドラー「木を伐る人」(1910年)

2021/10/29

 スイス人は1911年から1958年までお財布に名画を入れて暮らしていました。国を代表する画家フェルディナント・ホドラー(1853-1918)の絵が刷られたお札を使っていたからです。100スイス・フラン札は裏面に「草を刈る人」をあしらい、次の50スイス・フラン札はホドラーたっての希望で「木を伐る人」というモチーフに。

 ホドラーは同じテーマに繰り返し取り組む傾向があり、本作「木を伐る人」もいくつもバージョンがある中の一枚。

左上の楕円形は雲のような形だが、色は空のようなブルー。
フェルディナント・ホドラー「木を伐る人」
1910年 油彩・画布 大原美術館所蔵

 あと一撃で木が倒れる、その直前の、斧を振り上げた瞬間をとらえた絵。この一目で伝わる緊張感と力強さは、どこからくるのでしょう。それは、逆N字の形にまとめた構図からきています。斧から右足の先にかけて、そして倒そうとしている木に打ち込まれた受け口へと、一連の動作を対角線上に配置。画面の両サイドに立つ木が男を挟むことで、圧迫するような緊迫感と、視線を一層この行為に集める両方の効果があります。斧を振り上げて振り下ろす一連の動作を、見る人もこの流れに沿って感じられるでしょう。

 ホドラーは画面内で同じ形を繰り返す特徴があり、彼自身が「パラレリズム(平行主義)」と呼ぶもの。反復は強調であり画面を統一するものと考えていたようです。本作でも、伐ろうとしている木が左に傾き、男が持つ斧の柄と平行になっていることで、この斧でもう一撃すれば倒れるという両者の関連性も伝わってきます。また、反復される垂直の立ち木、水平の枝と影との対比で動きの効果が際立ちます。

 左上の青い楕円形の部分は謎ですが、ないと物足りない不思議な要素。一つには、男の踏ん張る左足と連動して画面のバランスを整える役割。もう一つ、この絵は斧から左下に目を走らせて左端の木に沿って上に進みますが、この雲状のものはそれを受けて右に運び、スタート地点の斧へと戻す繋ぎの役割も。こうして視線が画面上を円環運動することで、斧を振るうという連続作業を想起させられます。

 ホドラーの作風は写実的な表現ですが、自然に見えることを狙うのでなく、象徴的な意味の方が強いものです。「木を伐る人」は工業化が発達した20世紀初頭の作品なので、肉体労働の尊さの象徴とも読めますが、文脈次第で保守・革新さまざまな政治的思想の象徴として受け取られ、パロディも含めた二次使用が現在まで続いています。ホドラーのそぎ落とした表現が、見る人の心にもパラレリズムを呼び起こして「これを使って何か表現したい」と思わせるのかもしれません。

 ホドラーは貧しい生まれで、14歳までに両親と兄弟をすべて結核で亡くし、奉公先で自分の手で運命を切り開いた苦労人。出世作となった「夜」、「選ばれし者」のようなパラレリズムそのものの作品から、丸みのあるほんわかした「シェーブルから見たレマン湖」のような風景画まで、どれも本当に魅力的。ぜひ他の作品も見てほしい画家の一人です。

「長野県立美術館グランドオープン記念 森と水と生きる」
長野県立美術館にて 11月3日まで
https://nagano.art.museum/exhibition/moritomizu

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。

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