昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

「一貫して完全犯罪をもくろんできた」検察側が断罪した、松永太のあまりに残虐な犯行

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #79

2021/11/16

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第79回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

緒方と清美さんに花奈ちゃん死体解体をやらせて

 1998年6月7日、松永太と緒方純子によって、緒方の妹の長女である花奈ちゃん(仮名、以下同)が殺害された。その後、彼らはどうしたのか。

 福岡地裁小倉支部で開かれた公判の判決文(以下、判決文)は、花奈ちゃん殺害後の松永らの行動について明かす。

〈緒方と甲女(広田清美さん)は、佑介(花奈ちゃんの弟)の殺害後に死体を直ぐに浴室に運ばないで松永に叱られたので、花奈の死体を直ぐに浴室に運んだ。その後、緒方は、北側和室に居た松永に対し、「終わりました。」と報告した。松永は、「そうか。」と答え、「今から『東篠崎マンション』(仮名)に移るから、荷物を用意しろ。」と言うとともに、「急いで遣れ。」と死体解体を急ぐように指示した。

 

 緒方が30分くらい荷物の整理をしてから、松永は、(松永と緒方の)長男、次男及び甲女を連れて「片野マンション」(仮名)を出て「東篠崎マンション」に向かった。松永が「東篠崎マンション」に移った理由は、6月であるから死体が早く腐敗して解体時の臭いがひどくなるためと、花奈の死体を見たくなかったためではないかと思う〉

幼稚園勤務時代の緒方純子(1983年撮影)

 ここで〈思う〉との表現が出てくるのは、これらが緒方の供述を基にしたものであるからだ。以下続く。

「早く首を切れ、早くしないと死体が腐る」

〈松永は、死体解体作業には従事しなかったが、作業中、たびたび電話をかけてきて進行状況を確認し、「先に首を切れ。」、「息を吹き返したらどうするんだ。早く首を切れ。」などと指示し、「早くしないと死体が腐る。」、「お前のためになぜ俺が子供の面倒を見なければいけないのか。お前の子供だろう。とにかく早く終わらせろ。」などと言って、作業を急がせた。緒方と甲女は、花奈の死体解体作業を1週間くらいで終えた。松永は、解体道具の処分につき、包丁や鋸は何度も拭いて川に捨てるように、鍋、バケツ等は他人が拾って使うことがないように、潰したり取っ手を外したりしてから捨てるようにと指示した〉

 その後、松永は緒方に対して“負い目”を感じさせる発言を繰り返していた。

〈緒方は、花奈の殺害後、松永から、「お前が逃げたから全員殺す羽目になった。」、「全部緒方家の問題だからお前がきちんとしなければいけない。お前が(松永に無断で逃走して)湯布院に行ったからこうなったんだぞ。お前の子供のためにこうしているんだから、お前がやらなきゃいけない。」などと、何度も言われた〉