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駅弁大会で50回連続1位…函館名物「いかめし」が理想の味のために選んだ意外なイカの産地

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駅弁大会で50回連続1位…函館名物「いかめし」が理想の味のために選んだ意外なイカの産地

北海道函館本線森駅の名物駅弁「いかめし」は、京王百貨店で毎年開催される「駅弁大会」で、50回連続で販売個数1位という人気弁当だ。人気の秘訣はどこにあるのか。いかめし阿部商店の三代目社長・今井麻椰さんに聞いた――。

※本稿は、長浜淳之介『なぜ駅弁がスーパーで売れるのか?』(交通新聞社新書)の一部を再編集したものです。

写真提供=阿部商店 「いかめし」を製造、販売する阿部商店三代目社長の今井麻椰さん - 写真提供=阿部商店

駅弁大会で50回連続1位になった「いかめし」

「いかめし」の発祥は、戦時中で食糧不足の折、沿岸であり余るほど獲れていたイカに、米を詰めて砂糖を加えて醤油煮したところ、水分を吸収した米が膨らんで少量の米でお腹が満たされたというアイデア商品だった。

これで兵隊たちの空腹を満たした。戦後、列車の高速化で、駅での立売に限界が見えてくると、阿部商店は駅弁大会に活路を見出す。京王の駅弁大会では2年目に売り上げ1位となり、2020年までなんと50回も連続で1位になった。

その成功の要因としては、イカの胴体に米を詰めて大量に煮る製法が、実演販売に極めて向いたことが挙げられる。手際良く箱詰めしていく、職人たちのスピーディで鮮やかな手付きを見ていると、効率性が他の駅弁とは段違いだ。

三代目社長が語る「いかめし」の歴史

現在、いかめし阿部商店の三代目社長を務めるのは今井麻椰氏。インタビューを通じて、人気駅弁「いかめし」のひみつに迫ってみた。

――「いかめし」は最も成功した駅弁の1つですが、どういった経緯で開発されたのでしょうか。

【今井】阿部商店は元々、森町で旅館業を営んでいまして、1903(明治36)年に函館本線が開通する時に、森駅構内営業の認可を取って、駅弁事業に進出しました。最初は「いかめし」を売っていなくて、よその駅弁屋さんと同じような幕の内弁当、天丼、うなぎ丼を売っていたそうです。

――なるほど。事業拡大の一環としての駅弁事業だったのですね。差別化された商品ではなかったので、経営が苦しくなって「いかめし」を販売するに至ったということですか。