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2021/11/22

A子さんにも迷いがないわけではなかった

 それでもA子さんの気持ちは変わらなかった。

「そこで彼女は続けて、〈しかし、死ぬ為に生きるような生活を余儀なくされている今の彼からの想いに、私自身が応えずにやり過ごしてしまっては、私はきっと一生涯、自分自身の慈悲のなさに悔やみ嘆き続ける結果になってしまいそうな気がする。…その気持ちだけで頭がいっぱいなのです〉と、宅間さんを迷える羊のように考えて、なんとか救いたいのだということでした。そういう部分に、彼女自身の日頃の信念が裏打ちされている思いがしました」

 とはいえ、A子さんにも迷いがないわけではなかったようだ。戸谷弁護士は明かす。

「ただしA子さんはこうも綴っています。〈乗り越えなければならない壁は、両親への説得や、また、今の職場や私生活に及ぶ障害についてなど、考えればキリがないほどで、「私は今、どのような形で何を彼に伝えれば良いのか」「私は、どういう言葉を彼に投げかけることが出来るのか」…と、頭の中の整理が、なかなかつきません。しかし、慎重に言葉を選んで、何としても彼にお返事を書きたく私は望んでいます〉」

写真はイメージ ©iStock.com

「結婚を望む女性がいる」ことに宅間は喜んだ

 A子さんの職業について戸谷弁護士は、「なにかお仕事をされているとは思いましたが、それ以上は詮索しませんでした」と語る。

 A子さんの両親は宅間との獄中結婚について猛反対だった。そこで彼女は、実家に迷惑をかけないために、まず同じ死刑廃止活動をしている仲間との養子縁組を行って苗字を変えた上で、結婚する道を選んだ。

「結婚を望む女性がいると宅間さんに伝えると喜んでいました。宅間さん自身が苗字の変わることを承諾し、結婚の意思を示したため、A子さんが書いた婚姻届の用紙を、私が宅間さんに差し入れた。そこに彼が署名し、婚姻が成立したのです」

#2に続く)

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