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2021/11/22

宅間さんの遺体を引き取りたい

 この日のA子さんの行動については、その後の取材でだいぶ明らかになってきた。

 宅間の死刑が執行され、死亡が確認されたのは午前8時16分。そして午前9時40分頃に大阪拘置所の職員がA子さん宅を直接訪れ、マンションの一階で対応した彼女に対し、「今朝、綺麗に逝きましたよ」と刑の執行を知らせている。

 その後、A子さんは戸谷弁護士や長谷川氏、死刑制度反対グループの関係者などに電話を入れると同時に、大阪市内のQ弁護士のもとを直接訪ねている。

 Q弁護士が明かす。

「死刑執行当日、いきなりA子さんが事務所にやってきて、宅間さんの遺体を引き取りたいと頼んできた。それは驚きましたよ。『助けてくれ』と泣きながら事務所に飛び込んできましたから。それで私が拘置所に電話を入れて、そちらに葬儀業者を行かせるからと交渉しました」

宅間守の遺体が安置された祭壇(禁無断転載/文藝春秋)

「どこにでもいる連れ合いを亡くした奥さんという印象」

 葬儀は協力関係にあったNPO法人「葬儀費用研究会」が引き受けることになった。しかしここで問題となったのが、宅間の遺体をどこに運び入れるかということである。

 誰もが知る凶悪事件の犯人であり、当然ながらマスコミもその行方に関心を持っている。そこでQ弁護士が連絡したのが、大阪市西成区にある「社会福祉法人 聖フランシスコ会 ふるさとの家」だった。キリスト教フランシスコ会が運営する、日雇い労働者のための支援施設で、建物内には納骨堂もあり、行き倒れた無縁仏の遺骨の保管なども行っている。

「ふるさとの家」を運営してきた本田哲郎神父が振り返る。

「死刑制度反対のグループが中心になって、見送る会を行ないました。奥さんもそのグループの一人のようでした。20人くらいは来られたかな。ご遺体のまわりに献花をして、みんなでそれぞれのかたちでお焼香をしました。A子さんは、どこにでもいる連れ合いを亡くした奥さんという印象しかありません」