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秋篠宮さまのこだわりや頑なさ

 候補となった御名前の調査に協力した元宮内庁書陵部編修課長の米田雄介氏が当時を振り返る。

「秋篠宮さまが言われる『眞』の字は特殊だったので、作字にするか世間にならった通常漢字に変えるかで議論になった覚えがあります。

2021年、眞子さま(当時)のお誕生日に際してのご近影 宮内庁提供

 官報に載せて公表する必要があるので、最終的には当時の大蔵省印刷局に『どうしたものか』と相談しに行きました。そうしたら担当者が官報でも『眞』の特殊な文字を使用できると教えてくれて、ホッと安心したんです。ただ、当時の秋篠宮さまの漢字へのこだわりや頑なさは不思議に感じました」

眞子さんにも受け継がれた秋篠宮さまの性格

 秋篠宮の長年の友人がこう語る。

「一度決めたことを絶対に譲らなかったり、皇族として前例破りの行動であっても敢えてやってみせたりするところは、秋篠宮さまと眞子さまは親子でうり二つです。秋篠宮さま自身も、紀子さまとの結婚を決められた際には、『昭和天皇の喪中なのに』とか、『兄の浩宮よりも先にするなんて』などと世間からのバッシングがありましたが、本人の意思は揺るがなかった。

記者会見に臨む小室圭さんと眞子さん ©JMPA

 学生時代には自ら、『自然文化研究会』という新しいサークルを作って旅行に出かけたり、自分の興味がある生物学を学ぶために他大学の教授を招いて講義を聞いたり、一緒に飲み会を開いたりしていた。前例にとらわれず、自分の思うがまま、自由に振舞うことがお好きなのです。今回の一連の騒動を見ながら、そういった面が眞子さまにもしっかり引き継がれていると思いました」

秋篠宮家『秘録』この3年間に何が起きていたか」の全文は、「文藝春秋」2021年12月号と「文藝春秋digital」に掲載されています。

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