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2021/11/30

source : 文藝春秋 2010年4月号

genre : ニュース, 皇室

宮さまは元来「たくましい人」

 宮さまは、結婚後、国内はもとより外国への公式訪問も増え、結婚当初とは比べものにならないほど皇族としての立場が重みを増した。紀子さまと二人だけの生活から、眞子さま、佳子さまの誕生。そして、皇室にとっては41年ぶりの男子、悠仁さまが生まれ、三人の父親として私的な部分も大きく変わった。それらが影響されてか、随分とたくましくなったと私は感じている。

眞子さま(当時) ©JMPA

 ところで今、たくましくなったと書いたが、それは私が気がつかなかっただけで、宮さまは元来、「たくましい人」だったようだ。

 実は結婚直後、紀子さまの家族が「紀子は宮さまが胸まで川の水につかって魚を取る、そうしたたくましいところに惹かれたのよ」と、語ったことがあった。たしかに紀子さまも平成元年9月、皇室会議でご婚約が正式に決まった後の記者会見で、「生物、例えば御所内で飼っていらっしゃいますナマズやアヒルなどをかわいがっておられるお姿とか魚類の研究を熱心になさっているお姿に強く惹かれました」と答えている。

 20歳のころから、アジアの僻遠の地に進んで出かけ、魚類研究に没頭されてきた宮さま。宮さまは結婚前から、研究への情熱やたくましさというものは十分に持ち合わせていたのだ。初対面の私は、表面的に見て、その魅力に気がつかなかった。

 20年前に私が感じた自らの立場や家族に対して距離を置いてみる、宮さまの冷静、沈着な姿勢、あるいはバランス感覚のよさというものは、年を追うごとにより洗練されてきている。

1998年、秋篠宮さまのお誕生日に際してのご近影 宮内庁提供

 例えばこんなことがあった。悠仁さまが生まれる前のことだったと思う。天皇陛下が「皇室の伝統は武ではなく、文にある」と発言されたことを受けて私が「やはり皇室は歴代、文化や学問など『文』を尊重され『武』を遠ざけてこられたのですか」と伺った。すると、宮さまは「さあどうでしょうか」と、しばし考え始めた。宮さまは、「いちがいにそうは決めつけられないのではないか。もう一度、精査して歴史を見つめる必要があるのではないのか」と、おっしゃりたいのだな、とその時、私は感じた。天皇陛下の発言でさえも鵜呑みにせず、もう一度、自分で考えてから結論を導き出そうとする姿勢に、私は良い意味で少なからず驚かされた。

#2に続く)

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