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秋篠宮さまが語る“ご家族”…名前を伏せる眞子さんに「あんたどっかで見た顔だね」、紀子さまが私邸の悠仁さまのもとへ“駆けつけた日”

#1

2021/11/26

source : 文藝春秋 2012年1月号

genre : ニュース, 皇室

 秋篠宮さまが、11月30日に56歳の誕生日を迎えられます。「文藝春秋」は秋篠宮家の内実を報じてきました。秋篠宮さまと親交の深い江森敬治氏(毎日新聞編集委員)による「秋篠宮が語る悠仁さまの5年」(「文藝春秋」2012年1月号)を特別に全文公開します。(全2回の1回目/後編に続く)

ブータン王国へ出発される悠仁さま ©JMPA

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

◆ ◆ ◆

儀式を終えた悠仁さまは報道陣に……

 「ゆうゆう」と名付けたのは、父、秋篠宮さまだ。今では家族の間で「ゆうちゃん」と言われたり、姉の眞子さまや佳子さまからは「ゆっぴー」と呼ばれ可愛がられている。

 秋篠宮家の長男、悠仁さまはもう5歳。11月3日、東京・元赤坂の赤坂東邸で「着袴(ちゃっこ)の儀」と「深曾木(ふかそぎ)の儀」が無事行われた。これらは5歳を迎える頃に健やかな成長を祝って行われる皇室儀式で、一般家庭の七五三にあたるものだ。平安時代から伝わるもので、特に「深曾木の儀」は主に男子皇族の儀式とされ、秋篠宮さまが行って以来、41年ぶりとなった。

「深曾木の儀」では童形服(どうぎょうふく)姿の悠仁さまが、髪を少し切り取られた後、碁盤の上から飛び降りた。なぜ碁盤かは諸説あり不明だが、秋篠宮ご一家らが儀式を見守った。

 儀式を終えた悠仁さまは、報道陣から「おめでとうございます」と声をかけられると、「ありがとうございます」と答えていた。

立皇嗣の礼「立皇嗣宣明の儀」を前に秋篠宮ご夫妻を見送られる悠仁さま ©JMPA

 悠仁さまは平成18(2006)年9月6日に秋篠宮ご夫妻の3番目の子供として生まれ、現在はお茶の水女子大学附属幼稚園に通う。皇室に男子が生まれたのは、秋篠宮さま以来、41年ぶりのこと。

 悠仁さまは皇太子さま、秋篠宮さまに次いで皇位継承順位3位。「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めた現行の皇室典範の下では、皇太子ご夫妻の長女、愛子さまにはその資格がなく、このままいけば将来、悠仁さまが天皇となる。皇太子さま、秋篠宮さまの次世代の継承者であるだけに悠仁さまの成長ぶりは国民の関心を集めている。

 私は秋篠宮さまと20年以上、交際を続けている。悠仁さまが生まれてからの5年間も折に触れ、宮さまの「父」としての姿や言葉を見聞きしてきた。悠仁さま5歳に合わせ、その姿を伝えてみたいと思う。

「単語の数が増えてきたように感じます」

 生後3カ月近くの悠仁さまについて、宮さまは「よく眠って、よく泣いて、よく笑って。よくお乳も飲んでいます」と語り、悠仁さまのそばで「エル・コンドル・パサ(コンドルは飛んでいく)」などの曲を鼻歌まじりにギターで弾くことを明かした。1歳を過ぎたころには、「数歩ぐらい、一人で歩くようになりました。行動範囲も広がり、目覚まし時計や玄関のチャイムなどに興味があるようです」と宮さまは話し、紀子さまは、「小さな探検家のように関心を抱く物に手を伸ばして、確かめようとかわいい指でさわったり、関心の対象に向かって勢いよく進んで行ったりする」と話していた。

 悠仁さまが少しずつ言葉を発するようになったのは2歳のころだった。

「単語の数が増えてきたように感じます。まだセンテンスで話すということはないのですが『ごちそうさま』が『ごちそうさまでした』というふうに少しずつ言葉が長くなってきました」

 と宮さまは語っていた。3歳のころになると、三輪車に乗って外で遊んだり、宮邸の庭でカブトムシやカマキリを捕まえて遊ぶなどかなり行動的になった。また、食事や着替えなど身の回りのことも自分でできるまでに成長した。