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「怖かった、正直」「不安と戦っていくしかないと思った」華々しいデビューから一転“不遇の時代”に…嵐メンバーが振り返った“辛い記憶”

『平成のヒット曲』より #2

2021/12/06

 2019年1月27日、人気絶頂の中で活動休止を発表した嵐。シングル曲「A・RA・SHI」で華々しいデビューを飾り、国民的アイドルグループとして長きに渡って多くの人々に愛された彼らだったが、音楽ジャーナリストとして活躍する柴那典氏によると、そのキャリアは常に順風満帆なわけではなかったという。

 ここでは同氏の著書『平成のヒット曲』(新潮新書)の一部を抜粋。嵐メンバーが不遇の時代に抱えていた胸の内、そして嵐が社会に与えたさまざまな影響について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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嵐の「国民的ヒット曲」とは何か

「ウィー・アー・嵐!」

 松本潤がカメラ目線で叫び、赤いスーツに身を包んだ5人が歌い踊る。2009年、紅白歌合戦に初出場を果たした嵐は、まごうことなき国民的アイドルだった。ステージを降り、審査員席に並ぶ芸能人やスポーツ選手と握手して回るその姿には、スターの貫禄が宿っていた。

 この年の紅白歌合戦で披露したのは、メドレー形式の4曲。デビュー曲の「A・RA・SHI」、2007年にリリースされた代表曲「Love so sweet」と「Happiness」、そして2009年のナンバーワンヒット「Believe」からなる「嵐×紅白スペシャルメドレー」だ。初出場としては異例の長さの約4分である。

©文藝春秋

 この年の主役は間違いなく嵐だった。オリコン年間ランキングのシングル部門は1位『Believe/曇りのち、快晴』、2位『明日の記憶/Crazy Moon ~キミ・ハ・ムテキ~』、3位『マイガール』とトップ3を独占。アルバム部門ではベストアルバム『5×10 All the BEST! 1999-2009』が1位となり、映像作品部門、トータルセールスも含む4冠を達成している。

 とはいえ、彼らが辿ってきたのは順風満帆のキャリアではなかった。1999年の華々しいデビューから一転、00年代前半には人気が伸び悩んだ不遇の時代もあった。しかし、メンバーそれぞれのテレビでの活躍、特に高視聴率を記録した松本潤主演のドラマ『花より男子』(TBS系、2005年)をきっかけに知名度が高まり、2006年にはアジアツアー、2007年には初の東京ドーム公演、2008年には初の国立競技場公演が実現。大きくブレイクを果たしていく。

 2019年6月29日放送の『SONGS』に出演した嵐の5人は、この時期を「怖かった、正直」(相葉)、「街中で自分の顔がいっぱいあったりすると理解できなかった」(大野)、「先が見えづらくなったということなのかもしれない」(松本)、「自分を強く持って不安と戦っていくしかないと思った」(相葉)と振り返っている。プレッシャーは相当のものだっただろう。しかし2020年末をもって活動を休止するまで、嵐は第一線を走り続けた。平成という時代の“顔”であり続けた。

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