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《皇室では時間がゆっくりと流れていく…》外交官と皇太子妃の“ギャップ”に苦しまれた雅子さま「気分のいい日もあるけれども悪い日も」

#3

2021/12/14

source : 文藝春秋 2013年6月号

genre : ニュース, 皇室

 12月1日、天皇皇后両陛下の長女・愛子さまがご成年の日を、12月9日には雅子さまが58歳の誕生日を迎えられました。元学習院OBオーケストラ副団長で、天皇陛下の相談役を長年にわたって務めた鎌田勇氏の手記(「文藝春秋」2013年6月号)を再録します。(全3回の3回目/#1#2から続く)

2020年1月2日、新年一般参賀での天皇皇后両陛下 ©AFLO

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

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雅子さまの深い悩み

 愛子さまのお誕生はあってもお世継ぎ問題は収束せず、第二子を待望する声が沸き起こります。この問題と並行して、雅子さまは外交官としてのご経験を生かす機会がないまま、海外ご訪問がなかなか叶わず苦しい時期が続きました。

 雅子さまは次第に体調を崩され、殿下のご心配も募るばかりでした。「体調が悪いようです。気分のいい日もあるけれども悪い日もあって」と殿下は仰っておられました。

 かつて私も、病気になるほどではありませんでしたが、気分が落ち込む時期がありましたので、「集中して打ち込めるもの、生きがいがなければ回復できない場合がありますよ」と申し上げました。

 雅子さまは、皇室に入られてから日々の時間が大変ゆっくりと流れていくことに悩んでおられたようです。世間の時間、ましてや外交官として活躍されていた頃の時間の流れとはまったく違うのは当然です。皇室という環境に戸惑われていたのではないでしょうか。

 ご結婚の際、雅子さまが心を動かされた殿下の言葉の一つに、「皇室外交」がありました。やはり雅子さまは外交に貢献されたいという夢を持ち続けておられたのでしょう。ご結婚される前から、私は「妃殿下にしかできない、日本のためになる外交があるはずです」と殿下を励ましましたし、殿下もそのように雅子さまに伝えていらしたと思います。ただ、実際に皇室に入られると実現は容易ではありません。積極的に外交に携わりたいという希望に燃えておられた雅子さまは落胆されたと思います。

1993年2月、外務事務次官の父・小和田恒氏と渡辺美智雄外相(当時)にお別れの挨拶 ©JMPA

 ご結婚翌年の中東訪問の際、殿下は「雅子は中東の歴史にも詳しいし、事情もよく分かっているんですよ」と誇らしげに語っておられたことがあります。しかし「詳しくてもなかなか活かせる場がないんですよ」とも付け加えておられました。

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