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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

父親を無惨に殺害された少女(当時11歳)は「お父さんの敵は、きっと私が取りたい。両方ともを死刑に」

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #83

2021/12/14

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第83回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

親子の情愛を求めることさえ阻害され続け…

 松永太と緒方純子による、最初の殺人事件の被害者として認められているのは、1996年2月26日に死亡した、福岡県北九州市の不動産会社員・広田由紀夫さん(仮名、以下同)である。

 後に彼の娘である清美さんが、監禁されていた松永らの元から脱走。由紀夫さんの実家に逃げ込んだことで、松永と緒方が逮捕されることになり、数多の犯行が明らかになった。

 福岡地裁小倉支部で開かれた公判での検察側の論告書(以下、論告書)では、由紀夫さんの遺族による松永と緒方に対する〈処罰感情〉が紹介されている。ここで特筆すべきは、公判内で「甲女」と称された、娘の清美さんが心情を吐露していることだ。同項目では、まず彼女が置かれていた状況が説明される。

広田由紀夫さん(仮名)の祭壇写真 ©️小野一光

目の前で惨殺された父の死体解体・遺棄作業までも

●甲女の処罰感情

 

〈甲女は、由紀夫の遺児であり、由紀夫が殺害された当時わずか11歳の発育途上にあったにもかかわらず、平成7年(95年)2月以降、由紀夫と共に「片野マンション」(仮名)で被告人両名(松永と緒方)の支配下に置かれた上、由紀夫が死亡するまでの約1年間にわたり、父である由紀夫に対する生活制限を伴う凄惨な虐待行為を見せ付けられたばかりか、自らも同様の虐待行為の標的とされたり、時には、同女に対する虐待をほのめかされて由紀夫への虐待の実行を強要されたことにより、由紀夫に親子の情愛を求めることさえ阻害され続け、さらに、由紀夫死亡前の数か月間は、由紀夫とともに「片野マンション」の狭あいな浴室内での生活を強いられ、日に日に衰弱してやせ細り、ついには自己の糞便にまみれて惨殺された由紀夫の姿を目の当たりにさせられた。しかも、甲女は、こともあろうに、目の前で惨殺された父由紀夫の死体解体・遺棄作業にまで従事させられたのである〉