「勝った」と思った瞬間
地下芸人として同じく辛酸をなめ続け、2020年、初めてM-1ファイナリストになった錦鯉の長谷川雅紀が、その空気感を分析する。
「東京では昔から、マヂカルラブリーがおもしろいって、さんざん言われてて。でもM-1の決勝には行けない。それで、やっとこじ開けたと思ったら最下位。一般の人には受け入れられないんだなみたいな感じになっていたから」
その恐怖を誰よりも感じていたのは、外でもない、当の本人たちだった。決勝進出を決めたとき、野田はこう語っていた。
「あのときの恐怖が蘇った。決勝がトラウマになっているので。僕らが1番ビビってたと思いますよ。また、あそこに送り出されるのか、と」
村上も決勝進出を決めた瞬間、心拍数が上がるのを感じたという。
「急に心臓の音が聞こえるようになった。どく、どく、どくって」
M-1の出番順は、くじで決まる。2020年決勝は、3年前と同じく、またしても6番だった。
M-1の舞台は独特だ。せり上がりに乗って登場し、真ん中の階段を下りてくる。
ファーストラウンド、そのせり上がりから姿を現した野田は土下座をしていた。3年前の失態の詫び、そんな演出だった。野田は顔を上げた瞬間、「勝った」と思ったという。
「お客さんが、めっちゃ笑ってくれてたんですよ。あ、今年は僕らを受け入れてくれると。最初の雰囲気で、ウケの見積もりは出ますから。ネタに入ったらすごいことになるんじゃないかと思っていましたね」
「どうしても笑わせたい人がいる男です」
野田は、漫才の冒頭でさらにこう自己紹介した。
「どうしても笑わせたい人がいる男です」
野田は、上沼に「殺されかけた」コンビというマイナスの物語を逆手に取り、観客の心をつかんだ。
モダンタイムスのとしみつは野田の土下座を見た瞬間、感嘆せざるを得なかったという。
「あれが野田なんですよ。せり上がりからマイクのところまでって、漫才師がいちばんカッコつけたいところ。聖域なんです。でも、あそこでもボケられる。一度、こっぴどく怒られてても、へこたれてない。むしろ、だったらかましてやれ、と。(常識から)はみ出ちゃうところは、昔から、ちっとも変ってない」
好材料は他にもあった。同年3月に開催されたピン芸人日本一を決める「R-1ぐらんぷり」で野田が優勝。「おもしろい」というお墨付きをもらえたことで、世間が野田のキャラクターを許容し始めていた。
マヂカルラブリーは、野田の「見積もり」通り、最初のボケから大爆笑を誘い、そのまま突っ走った。