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〈松井秀喜、長嶋茂雄を語る〉引退会見で知った唯一の“監督からの褒め言葉”

「文藝春秋」新年特別号「100年の100人」より

2021/12/31

 日本のプロ野球界が生んだ最大のスター長嶋茂雄(85)。松井秀喜氏は巨人軍在籍時代、素振りの特訓を受け、打撃を開花させた。

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「松井さーん、ホームランを打ってね……」

 20年間におよんだプロ野球生活で、わたしがいちばん印象に残るのは、“監督”長嶋茂雄さんに見守られながら素振りをした貴重な時間です。場所はホームゲームなら東京ドーム、遠征先ならホテルのスイートルーム。スランプに陥った時は試合後に大田区田園調布のご自宅。ご自宅の地下には“監督”が選手時代に鬼の形相でバットを振った素振り部屋があったからにほかなりません。

“監督”から口酸っぱくいわれたのは、スイングの音です。“監督”によると、「ブン」という低い音ではなく、「ピュッ」という高い音がいいらしいのですが、最初のうちはよくわかりませんでした。

“監督”との思い出を語った松井秀喜氏

  “監督”がスイング音に耳を澄ませるようになったのは、選手時代、家に帰ると地下室に直行し、電気も点けずにバットを振ったことが理由らしいです。たとえば同点で迎えた9回裏二死満塁、カウント3ボール2ストライクという場面を想定し、ライバル村山実投手(阪神)のフォークボールを打ち砕くというイメージトレーニングを重ねたとお聞きしました。

 かつて“監督”も汗だくになってバットを振った場所でわたしの素振りが終わると、いつも奥様の亜希子さんの手料理をご馳走になりました。亜希子さんは学生の頃、単身アメリカに留学し、ホームステイをなさっただけに、メニューはローストビーフのサンドイッチ、自家製野菜が山盛りのサラダと数種類のドレッシング、さらには温かいターキーシチューなど、本格的なものでした。

 帰るときは必ず玄関まで見送っていただき、大きな声で励ましてくださいました。

「松井さーん、ホームランを打ってね……」

 ですから、亜希子さんの訃報に接したときは(2007年秋)、別れ際の笑顔がしきりに思い出されました。

“監督”との日々を振り返ると、試合での結果が良くてもお褒めの言葉を頂いた事はありません。わたしは高校時代のポジションだったサードを守りたかったんですが、センターへコンバートされました。