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「なんで勝手なことするんですか!」「箱根駅伝」生中継に賭けるプロデューサーの怒り《池井戸潤、新連載》

池井戸潤「俺たちの箱根駅伝」#5

2022/01/01

「半沢直樹」「下町ロケット」シリーズをはじめ、ベストセラー小説を書き続ける作家の池井戸潤さん。『陸王』『ノーサイド・ゲーム』『ルーズヴェルト・ゲーム』といったスポーツがテーマの作品も手掛けていますが、現在「週刊文春」で連載するのは、「俺たちの箱根駅伝」です。タイトルにもあるように、本連載の舞台は「東京箱根間往復大学駅伝競走」(以下、「箱根駅伝」)。1月2日と3日の2日間にわたって開催される、日本の正月の風物詩です。

 第1話は、本選の出場切符をかけた10月の予選会の場面から始まります。主人公の所属する明誠学院大学は、かつては箱根駅伝連覇も成し遂げたほどの伝統校でしたが、ここ2年は出場すら叶わず。まずは予選会の突破を目指すのだが――。きたる箱根駅伝本番に向けて、「俺たちの箱根駅伝」を一部抜粋して期間限定で公開します。(最初から読む

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【5】

 東京大手町(おおてまち)を出発し、やがて都心を抜けて東海道の名残を残す風光明媚な海沿いの道から小田原(おだわら)、そして急峻な山のぼりとなる箱根路へ。

 217・1キロの道のりを正月の2日間で走るこの駅伝が始まったのは、第1次世界大戦の終戦から2年後の1920年のことであった。大会の実現に尽力したのが、日本のマラソンの父、金栗四三(かなくりしそう)だ。その後、第2次世界大戦前後の5回に及ぶ大会中止を挟みつつ、現在まで連綿と引き継がれる一大スポーツイベントに発展したのである。

 この駅伝に惚れ込み、なんとか番組として中継できないかと注力したのが、伝説のプロデューサー、坂田信久(さかたのぶひさ)であった。

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 学生たちの駅伝に対する情熱。タスキをつなぐため、チームのため、全身全霊で走る青春の晴れ舞台。チーム全員で夢を追い、栄冠に沸き立ち、ときに敗れて流す純粋な涙――。観れば思わず応援したくなるピュアなスポーツマンシップ、学生を中心に運営されるアマチュアリズム、ひたむきで一切の夾雑物(きようざつぶつ)のないチャレンジ。

 この素晴らしい大会をなんとか番組にしようと、坂田は入念な準備に取りかかる。

 だが、満を持して提出された坂田の最初の企画書は通らなかった。

 無論、箱根駅伝の素晴らしさが理解されなかったこともあるだろう。だが、坂田はそれだけが原因だとは考えなかった。大型の番組企画を任せてもらうだけの信用が自分には不足していた――そう捉えたのである。

 普通なら、この段階で諦めてしまう者も多いはずだ。