極限状況での異常心理と一致する緒方の精神状況
これらのことから、犯行時の緒方の精神状況については(1)思考の幅、判断の選択肢の著しい狭まり(2)松永の意志の絶対視、批判力の喪失(3)殺害の行動に伴うはずの感情の欠落、があったと指摘する。さらに、こうした精神状況について、〈「極限状況での異常心理と多くの点で一致する」〉として次の類似例を挙げた。
〈「たとえば、ナチスの強制収容所で迫害を受けた人々に観察された強制収容所症候群(被収容者は感情麻痺すなわち無感動、無関心、無気力を示し、残酷な光景を目の当たりにしても嫌悪や恐怖を覚えなくなった。さらに収容所の看守などに対して敵対心や反抗心を失い、逆に心理従属-幼児的依存-を向けた)やストックホルム症候群(ストックホルム銀行に押し入った強盗に人質に取られた行員が犯人に対して共感や愛情を覚えるようになり、その感情は解放後もしばらく消えなかった)と共通すると言う」〉
鑑定意見書はあらゆる考察をふまえて、以下の結論を出している。
〈「(1)緒方は松永との関係においてバタードウーマン(被虐待女性)である。
(2)虐待行為として、様々な暴行、強制、洗脳的手法、電気ショックが長期かつ反復的に加えられた。
(3)特に電気ショックの頻回の使用は被告人の精神面に深刻な影響を与えた。
(4)長期の虐待は被告人に慢性トラウマをもたらし、判断力・批判力の著しい制限、松永に対する強度の心理的服従関係を生じさせた。
(5)一連の犯行への被告人の関与は(4)の精神状態を基盤としてなされたものであり、精神医学の立場からは、正常な意思決定に基づく行為とみなすことはきわめて困難である」〉
人生で初めて、自分の意思・判断で生きていくチャンスを
緒方の弁護人は言う。
「松永と出会ったがために、人生を狂わせ、多くの人の命を奪い、あるいは傷つけてきた緒方であるが、求刑通り、緒方に死刑が言い渡されなかったとしても、緒方には長い懲役刑が科されることになる。生かされて長い懲役刑に服することも、立派な贖罪である。弁護人としては、長い懲役刑の後には、人生で初めて、自分の意思で自分の判断で、人生を生きていくチャンスが、被告人緒方に与えられることも許されるのではないかと考えるものである」
そのうえで、「以上に述べた情状と、特に、本件犯行時において、緒方被告人に適法行為の期待可能性が著しく低かったという事情を考慮したとき、緒方被告人に死刑の判決を下すことは著しく正義に反すると思料する」と、死刑回避を訴えたのだった。
(第87回へ続く)
