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「俺が監督をやっちゃっていいの?」庵野秀明と再びタッグ 樋口真嗣監督が語る『シン・ウルトラマン』制作秘話

『シン・ウルトラマン』樋口真嗣インタビュー

2022/01/02

『シン・ゴジラ』を経て、再び庵野秀明とタッグを組んだ樋口真嗣監督。『ウルトラマン』から何を受け取り、何を世に送り出すのか。再び「ウルトラマン」を創造する意義や、初代から長きにわたるシリーズへの想いとは。

樋口真嗣監督 ©原田達夫

◆ ◆ ◆

まずは“再び初代を作る”

――まずは、『シン・ウルトラマン』の制作に至った経緯についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。

樋口 庵野(秀明)が企画して、円谷プロさんに加え、『シン・ゴジラ』からの流れで東宝さんとやる形になりました。でも、庵野はゴジラよりウルトラマンのほうが好きだったはずで。昔、自主映画を作るだけでなく、自分で演じてたりするくらいだから、少なくとも我々のまわりで一番ウルトラマンを愛してるのは、庵野だろうと。そんな中、「俺が監督をやっちゃっていいの?」みたいな気持ちもあったのですが、庵野はまず、「『エヴァ』を終わらせないと」と監督を俺に委ねました(笑)。

――『シン・ゴジラ』に続き、庵野さんとのタッグということで、どういったウルトラマンを作ろうと話し合われたのでしょうか?

樋口 まずは、“再び初代を作る”ということですよね。50年以上前に作られたウルトラマンを、現代の社会にふさわしい形で初めて登場させる思考実験のようなもので。『シン・ゴジラ』同様のコンセプトだったから、同じことをもう一度やるんだなと思ってやってみたところ、ゴジラ以上に大変でした。

©「シン・ウルトラマン」製作委員会 ©円谷プロ

――どういった部分に苦労されたのでしょうか?

樋口 どう存在させるか、みたいなことです。ウルトラマンって、TVの30分の枠の中で事件が起き、それを解決する圧倒的な存在としてTV的な要請にもとづいて機能している。それを映画の枠の中に落とし込もうとすると、ちょっと難しい。構造を新しくしないと単なる水増しになっちゃう。でも、上がってきた庵野の脚本を見て「ああ、なるほどね!」と。

――どうやって解決したか、非常に興味がありますね!

樋口 それは今俺がしゃべるよりも、観たほうが伝わると思いますので(笑)。