この絵に、どんな第一印象を持ったでしょうか。可憐で愛らしいと思う人もいれば、享楽的で退廃的だと受け止める人もいるでしょう。また、構成力などに表れた優れた技術に感嘆する人もいるに違いありません。実は当時から同じように意見が分かれていたのです。どこに価値を置くかの違いで、いずれも頷ける捉え方です。
ブーシェはルイ15世の公妾だったポンパドゥール夫人のお気に入りで、後に国王付き首席画家にまで上り詰めます。この絵は彼女のために建てられたベルヴュー城内の浴室と化粧室からなる「湯殿のアパルトマン」を飾っていました。対作品は「ヴィーナスの水浴」(ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵)。どちらも場所に似合ったテーマです。夫人をヴィーナスになぞらえたのでは? という説もありますが、本当のところは分かりません。ドアの上部に置かれていたので、下から見上げることを想定していたのでしょう。画中の人物たちもやや低い視点から捉えて描くことで、自然な見え方を狙ったと思われます。
画面下部分の倒れた水差し、無造作に広がる金糸銀糸の織物、こぼれ落ちる花とリボン。これらが見る人を下辺から画面内へと誘いこみ、ヴィーナスの足がさらに画面上へと誘導。布と布の間から柱が覗き、その向こうの木々、空へと抜けていく広々とした奥行のある構成に。
構図は、キューピッドを頂点、下部に水平に走る構造物を下辺とした三角形にまとめてあります。その安定した構造の中にちりばめられた贅沢な布地・アクセサリー・花が目を楽しませます。これらは単なる画面の埋め草ではなく、ヴィーナスのシンボルも含まれています。ハト、海で生まれたことから真珠と貝の形の水盤、お花、そしてヴィーナスの息子であるキューピッド。これらがないと、豪華な当世風のカウチにもたれる女性がヴィーナスだとは分からないでしょう。
ところで、四つの角のあたりの描きこみが少なく寂しい気がしませんか? もともと角の部分は丸みを帯びていて四角ではありませんでした。元の場所から取り外された後に布を継ぎ足して四角くし、描き足された部分だからです。このことを心で補って見てください。
ブーシェは簡単そうな描きぶりで、主題がなんであれ人物が深刻さを表すことがなく、常に優美で軽快。ヴィーナスを描く際、「ヴィーナスの化粧」という主題は一般的なものでしたが、表現は時代や画家によってさまざま。ブーシェは女神を人物デッサンに基づいた少しばかり生々しい裸体で当世風に表現。右下の大きな香炉からはよく見ると煙が燻っていて、視覚だけでなく嗅覚にも官能的に働きかけてきます。このような表現は当時流行し、今でも心地良いと思う人も多いでしょう。ところが、18世紀半ばにもなると、軽薄で倫理的によろしくないという批判も。しかし、批判勢力の急先鋒であった啓蒙学者ディドロでさえも、ブーシェの腕前だけは確かだと認めていたのです。
INFORMATION
「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」
大阪市立美術館にて2022年1月16日まで。巡回あり
https://met.exhn.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。