起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。
もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第88回)。
「あの当時の自分が信じられません」緒方の最終意見陳述
松永太と緒方純子の福岡地裁小倉支部で続いた公判の終わり間際のこと。2005年5月11日と18日の2日に分けて行われた松永弁護団による最終弁論で、18日に弁論要旨(以下、弁論要旨)の朗読がすべて終わると、緒方、松永の順で最終意見陳述が行われた。
そこでまず証言台に立った緒方は、松永と過ごした20年間は、社会から離れて生活してきたこと、さらに、松永から精神的に解放されるまでには長い時間がかかったことを口にした。
逮捕後も最初のうちは自分の殻を頑なに守ってきたが、捜査員や検察官、弁護人らと会い、挨拶に始まる会話を重ねていくうちに、少しずつ心が穏やかになって変化が生じ、松永の呪縛から逃れることができたという。
緒方は犯行時の自分を振り返る。
「いま思うと、すべてが異常でした。いまの私は、あの当時の自分が信じられません。どうしてあんなことができたのだろうと思いますが、すべて私が自分で犯した罪に違いありません」
そのうえで、これまでの被害者、その遺族に対し、「深く深くお詫びいたします。私の罪が、この命一つで償えるほど軽いとは思っておりませんが、どうかそれでお許しください」と頭を下げたのだった。
松永による書面「弁護団最終弁論要旨について、私の補充」
続いて裁判長が松永に対して最後の意見を述べるように促すと、被告人席から足早に証言台へと向かった松永は、手に持った紙の文面をいきなり大声で読み始める。
「まず、松永弁護団作成の最終弁論要旨を読んで、書き漏らしがあると思われる部分や、弁論要旨完成後に私が気付いた点などに関して、別途、私が作成した原稿を元に、松永弁護団が『松永弁護団最終弁論要旨について、私の補充』と題する書面にまとめてくれていますので、その書面に私が署名指印した上で提出します。時間の関係上朗読は省略しますが、是非読まれて下さい。この書面で指摘している点は、どれも非常に重要な内容を含んでいますので、弁論要旨同様、判決では必ず答えて下さい」
ここで松永が挙げた「松永弁護団最終弁論要旨について、私の補充」は、延べ10枚にわたって記された、松永弁護団による弁論要旨に、松永自身が加えた補足である。そこで松永は、〈××(原文実名)さんの供述には、意図的な誇張や、被害感情等の影響による無意識的な誇張が含まれている可能性があると思います〉といった、自分がさらに伝えたい、彼にとっての“有利な材料”を記している。