昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2022/01/18

genre : ニュース, 社会

裁判・取り調べの不平不満を延々と

「この裁判で作業部会が設置されたことについては、弁護団から『集中審理を円滑に、迅速に、かつ、被告人の不利益がそれによってもたらされないようにするため』と説明を受けてきました。

 しかし、振り返ってみると、時間に追い込まれていたのは、常に私や松永弁護団の方でした。

 たとえば、純子に対する検察官主質問は、1日2時間程度、週1回のペースで進んでいったのに対し、松永弁護団の反対質問は、1日の期日を丸々使って行われたり、月曜日に質問をやったと思ったらその翌々日の水曜日にも質問をしなければならない、といった状況であり、私も弁護団も、尋問案作成などに苦心しました」

 こうした言葉に始まり、松永は裁判の進め方への不平不満を延々と口にする。そのなかには「戦時中の大本営のようにも思われました」との文言も登場してくる。

写真はイメージ ©️iStock.com

 さらに松永は、捜査段階での自身への聴取の様子についても言及した。

「公判でもお話ししたとおり、私に対する取調べは、それはもう酷いものでした。

 警察での取調べでは、仏像を目の前に置かれて、取調べの前に線香を上げてお経を唱え、取調べの後にも線香を上げるということがあり、仏教学校並みの取調べでした。

 A係長(原文実名、以下同)から(※ママ)は『早く自白、自供したら死刑から逃れることができる』と毎日私に説教していましたし、補助官のB刑事は、私の耳に数センチのところまで口を近づけて犬のように怒鳴り続け、驚いた別室の刑事が慌ててドアの窓から取調室の中を覗く有様でした。このときの耳鳴りは、暫く消えることはありませんでした」

「純子を警察や検察の思惑の方向に導いている」

 松永はそれからも延々と、自分がいかにA係長から般若心経を強要されていたかを口にして、話を転換させる。

「その中で、A係長は、『(緒方)純子は、わがままを腹一杯聞いてやったから、術中に落ちた』などと、いろいろ言っていました。

 A係長のその話を聞いて、『純子の取調官は、純子のよき理解者の振りをして、純子のストレスを和らげながら、純子を警察や検察の思惑の方向に導いている』と感じました。

 純子供述は、自白を内容とするものです。

 自白については、自白排除法則というものがあると聞いています。

 すなわち、強制・拷問による自白や、不当な身柄拘束後の自白、その他任意にされたものでない疑いのある自白は証拠とすることができないとされているのですが、純子供述がこれに引っかかるようなことになるヘマを、警察や検察が打つはずがありません。

 現代では、被疑者の精神の中に入り込んで、被疑者と協調する振りをして、捜査官の思惑通りに誘導していくことがなされているのです」

z