公益の代表者として2人の人間に死刑を求刑している検察官が、こんなことを言っているのは、いかにもおかしく滑稽であるといわなければならず、まさに、検察官も未だに『甲女神話』を捨て切れていないのです」
これは、花奈ちゃん事件の審理において、花奈ちゃん殺害時の状況が、緒方と甲女の説明で異なることを揶揄しているものだ。松永は続ける。
「では、捜査段階で『甲女神話』が蔓延した後、法廷ではどうだったのでしょうか。
法廷で『甲女神話』に代わって現れたのが『純子神話』でした。
自分のやったことを認めているから、死刑になることを覚悟して供述しているのだから、『純子の言うことは信用できる』そして『純子の言うことが真実である』という前提があるかのように、純子が話す内容は、マスコミや報道を賑わせていました。
自らを「地動説」を唱える者になぞらえ、作家を批判
直木賞を受賞したこともある著名なノンフィクション作家の大先生は、毎回のように法廷を傍聴し、純子の話を真実であるかのように『純子神話』を世間に開披し、『純子については死刑を回避すべきだ』とまで言うようになりました。
そして、『純子が調書や被告人質問で語った(あるいは語ったとされた)内容は、すべて正しいものであり、これに対する批判自体許されない』と考えている人々の群れは、間違いなく存在しているものと思います。
純子供述の内容そのものを分析検討した結果としてではなく、『無条件的に正しい』『見かけ上そのように見えるから正しい』というふうに印象と直感で物事を受け止める人々は、いわばかつての『天動説』の信者みたいだといえるのではないでしょうか」
ここで松永が取り上げたノンフィクション作家とは故・佐木隆三氏のことである。
そしてついに松永は、緒方の供述について「天動説」まで例に挙げ、自らを、真実を訴えながら、長らく支持されることのなかった「地動説」を唱える者になぞらえたのだった。