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また、当時の審判員の多くは欧米の方でした。私は試合の度に「どうすれば欧米出身のジャッジに効果的にアピールでき、評価してもらえるか?」を考え、16歳の頃カナダに留学しトレーニングを開始。現地では選曲や振付に対して自分の案を提案しても、「何を考えているの?」と言われることもあり、北米の指導陣や振付師が勧める方針を受け入れることからスタートしたのです。そういった出来事の一つひとつから、評価されるようなプログラム作りや確かな技術を磨いていきました。

「新人発掘」の1期生だった荒川静香さん

当時はフィギュアスケートというとテレビでの試合の中継も少なく、メディアで大々的に取り上げられることは無かったと思います。

そんな状況でしたが、伊藤みどりさんの89年の日本人として初めての世界選手権優勝、92年のアルベールビル五輪での銀メダル獲得、そして私の94年の世界選手権の優勝後には国際的に一流とされていた欧米のアイスショーが日本でも開催され、ショーやイベントのテレビ放映も一時的に増加しました。また、92年からは日本スケート連盟が新人発掘合宿を開催するようになり、若い実力のある選手の養成も行い始めたのです。その新人発掘合宿の1期生として合宿に参加していたのが、2006年のトリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香さんでした。

荒川静香さんは確かな技術のセンスと技を習得する理解力に秀でている選手。彼女が実力をいかんなく発揮して日本女子初の金メダルを獲得して以降、特徴的な「イナバウアー」もあってかメディアでフィギュアスケートが取り上げられる機会が各段に増えました。そして、2006年に荒川静香さんが引退した後、すぐに頭角をあらわしたのが浅田真央さんです。彼女はただ競技面で強いだけでなく、華のある演技や親しみやすい人柄で多くのファンを獲得したことは皆さんがご存知の通りでしょう。

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