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日経新聞「明日は見えますか 格差克服『社会エレベーター』動かせ」(1月5日朝刊)で京都大の橘木俊詔名誉教授は「(日本は)格差の大きさより全体的な落ち込みが問題だ」と指摘されている。まさにその通りだ。

「国民の生命と財産を守る」のは政府の最低限の仕事だ。そのためセーフティーネットの構築は極めて大切となる。そのうえで競争を促す。平等な競争環境をつくることこそが、政府の仕事なのではないのか? 結果平等ではなく機会平等だ。

格差は原動力になる。問題の本質は格差の固定化だ

71歳の私が子供の頃は、日本は今よりはるかに貧しかった。

私の父は東芝勤務のサラリーマンで「上の下」か「中の上」の生活レベルだったのではないかと思うが、毎月一度のすき焼き鍋が最高のごちそうだった。タクシーなど、もったいなくてまず乗れなかった。

自宅に来客のある時は出前のお寿司をとった。これが最高級のぜいたくだった。風呂の水は1週間に1度か2度しか交換せず、上がり湯で体をきれいにした。給食は脱脂粉乳だった。多くの子供たちは栄養失調で青ばな(青っぽい鼻水)をたらし、上着の袖は拭いた青ばなでテカテカに光っていた。

かつて貧困度はエンゲル係数で測ったものだ。エンゲル係数とは「1世帯ごとの家計の消費支出に占める食料費の割合」だ。この数値が高ければ、絶対的な貧困層と言える。私が子供の頃はエンゲル係数が今よりはるかに高く、貧乏だった。

しかし相対的な貧困を示すジニ係数は、きっと今よりかなり低かっただろう。皆、平等に貧乏だったのだ。だからと言って、皆が落ち込んでいたわけではない。今日より、明日。明日より明後日にはよりよい生活ができるとの夢があったからだ。

一定の格差は社会を前進させる原動力になりうる。問題は、固定化である。絶望や諦めに社会が覆われては、社会の活力自体が失われてしまうことになりかねない。

富裕層を叩いても無意味

格差是正の議論となれば、必ず富裕層がターゲットになる。

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