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患者や家族が最後に何をしたいのか。一日でも長く生きたいなら、つらくても安らげなくても病院で治療を受けるのもいい。けれども、“望み”は家で過ごしたほうが叶いやすい。

「私はもう一生、何も食べられないんですか?」

訪問看護師の宮本直子さんが受け持った80代男性の最後の日々が印象的だ。過去に所長を務めていた職場で出会ったという。

「認知症を患ったおじいちゃんだったのですが、転んで大腿骨の骨折をして寝たきりになってしまいました。独身だったので面倒みてくれる人がいなくて……。親戚は時々尋ねてくる姪っ子さんぐらい。でも本人や姪っ子さんの希望で、家で過ごすことにしたんです」

だがしばらくしてその男性は認知症、骨折に加えて、誤嚥性肺炎も発症してしまった。点滴で栄養を補給し、ゼリーのみOKという、ほぼ絶飲食の状態に。

男性の88歳の誕生日、宮本さんが訪問すると、普段ははっきり話さない彼が驚くほどしっかりこう言った。

「私はもう一生、何も食べられないんですか?」

宮本さんは内心男性の変貌ぶりに驚きつつ「何が食べたいの?」と穏やかに尋ねた。

「……寿司が食べたい」

「好きなものを食べられるのは本当に自由なことだ」

「私はその場で訪問医の先生に電話しました。『本人が寿司を食べたいと言っているのですが、いいでしょうか』と聞くと、その先生は『好きなようにさせてあげて』と許可してくれて。今度は生活支援を行うホームヘルパーさんに連絡して『先生の許可が出たから、患者さんにお寿司を食べさせてあげてほしい』と頼んだんです。するとホームヘルパーさんは『宮本さん、まだそこにいてくださる? 私、今すぐ買ってきます!』と言ってくれたんです。本当にまぐろ寿司を抱えて、すぐ駆けつけてくれました。私たちはにぎり寿司1個を包丁で4分の1くらいに切って食べさせてあげました。そしたらおじいちゃんは、むせずに食べられたんです!」

男性は寿司を飲みこむと、「ああ、こんなにうまいものを……」とつぶやいた。

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