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眞子さまの結婚をきっかけに世論が二分

御厨 会議では、これまで安定した皇位継承についてのみを考えていればよかった。つまり皇族の数が減少していく中でいかに皇統を絶やさず次世代に繋いでいくかということです。しかし、眞子さまの結婚をきっかけに世論がここまで二分され、「天皇家は何のために存在するのか」「現代における象徴天皇制の意味は」といった、かつてはタブー視されていた皇室の本質的議論に国民のほうが先に行き着いた。私は今こそこの議論から逃げてはいけないと思うんです。しかし、事ここに至っても、政府は皇位継承も含めて皇室の問題を深く掘り下げることから逃げており、総裁選という政局を経てすぐに議論が始められるとも思えない。暗澹たる気持ちでいる、ということを最初に申し上げておきます。

御厨貴さん ©文藝春秋

林 私はいま上皇后・美智子さまが、一体どんなお気持ちでいらっしゃるのか、それをお聞きしてみたいんです。もしあの方がいらっしゃらなければ、皇室はこれほどまで国民から敬愛されていなかったと思う。それくらい大きな役割を果たされたのに、この数年で皇室がこんなことになってしまって……いま、すごくおつらいのではないかと思うんです。

御厨 おっしゃる通りだと思います。美智子さまは民間の出身として初めて皇室に入られ、どうすれば上皇陛下とともにこの国に幸いをもたらせるのかをずっと考えてこられた。それが退位された途端に眞子さまへのこのバッシングでしょう。私もお気の毒な気がするんです。

林 眞子さまは美智子さまにとって初孫でいらっしゃるし、その成長を心から喜んでおられたでしょう。まさかこんなかたちで皇室から送り出すことになろうとは。

御厨 そうですね。そもそも現在の皇室のかたちを作り上げたのは、現在の上皇さまであり、それを支えた美智子さまなんです。戦争の影を引き摺っていた皇室像を、あのご夫婦が一変させた。すべては60年前の明仁皇太子と美智子妃の結婚から始まったのです。

ご成婚パレード ©文藝春秋

「ミッチーブーム」ですね。

御厨 そう、1959年のことです。以来60年余にわたって、その皇室像がこの国に浸透していった。当時、政治学者の松下圭一は「大衆天皇制論」という論文を発表し、天皇に対する国民の価値観の一変を看破しています(『中央公論』)。当時はまだ戦争の記憶から天皇へのわだかまりが国民に残っていました。そこに旧皇族や旧華族と何の縁もない民間人である美智子さまが入っていき、メディアを通じてそのご様子が発信されることで、皇室は大衆に開かれ、支持されていったのです。

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