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黒綿棒が中華丼を避けるのは、ただただカレーのほうが好きだからという理由に尽きる。ホームレスは常に食べ物に困っているという先入観があったが、それは都内で生活するホームレスに限れば“完全な”思い過ごしであった。黒綿棒はこの日十四時から行われる都庁下の炊き出しにも苦言を呈する。

「トマトをさ、五個も六個もくれるでしょう。僕らは料理ができないのだからせめてプチトマトにするべきだとずっと思っている。どうかすると汁がほかの食料に浸食してしまう。でも捨てるにも捨てられないだろう」

たしかに、大粒のトマトを六個も渡されたところで保存も効かないので食いきれないのだ。

そして何より飽きる。恵んでもらっている立場で言うことではないが、これがホームレスの本音だ。公園で鳩にトマトをあげているホームレスもいた。しかし、鳩もトマトは口に合わないようで手を付けていなかった。

筆者撮影 たしかにトマトを5個も6個もそのままでは食べきれないし、捨てるのも気が引ける。 - 筆者撮影

一回、都庁下に住んでしまうと“定住”したくなる

すでに代々木公園南門前には行列ができていた。先頭には弁当が入ったダンボールが二箱あり、主催者が箱を開けると黒綿棒は中身を確認するために高校野球の伝令のように飛んで行き、「今日はカレーで~す!」と最後尾まで伝えに回っていた。さすがにお節介だろうと思ったが、黒綿棒と同様に「中華丼じゃなくてよかった」とホッとしている人が何人かいた。カレー弁当を二杯食べ、ベンチで食休みをする。

「一週間いると炊き出しのスケジュールがなんとなくわかってきます。わざわざ池袋まで足を延ばす必要はまったくないですね」
「そうでしょうとも。一回ここに住んでしまうとほかの場所に移ろうって気にはならないでしょう。雨風しのげて飯も食えて二十四時間ベースを張れる。ほかの場所がどうかは知らないけども」

私といえば、そろそろ都庁下を後にして上野に移動しようと考えているが、本当のホームレスだったらまず移動などしないだろう。上野に雨風をしのげる場所があるのか、飯は食えるのか、そういった情報がまったくない。そんなリスクを冒してまで移動するメリットが一つもないのである。

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