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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

「いずれも死刑に処する」判決言い渡しの瞬間、松永太はどのような表情だったか《北九州監禁連続殺人事件》

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #90

2022/02/01

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第90回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

被害者になった子どもたちについて取り上げた判決文

 福岡地裁小倉支部で2005年9月28日に行われた判決公判。松永太と緒方純子に対する判決理由の朗読は、いよいよ終わりに近づき、〈量刑の理由〉に差し掛かった。

 そのなかの〈本件各犯行の被害者ら〉という項目では、頼りにしていた祖父母と両親を先に殺害された、緒方の妹一家の子供たちについても触れる。

●緒方佑介くん(仮名、以下同)

〈佑介は、緒方一家の将来の跡取りとして期待され、両親や祖父母の愛情を一身に浴びて育ったが、被告人両名によって「片野マンション」(仮名)での生活を強制されるようになってからは、両親や祖父母に甘えることも、保育園に通うことも、子供らしく遊ぶことも許されず、殺害されるまでの長期間にわたり、幼い身には過酷過ぎる生活を余儀なくされ、通電こそなかったが、被告人両名から事ある毎に叩かれたり立たされたりする虐待を加えられ続けた。佑介は、身の周りで次々と起こった祖父母や両親の殺害という忌まわしい事態を殆ど理解できないまま、突如として5歳という幼い生命を無惨に奪われた〉

●緒方花奈ちゃん

〈花奈は、元々元気かつ活発な性格で、人に愛され、しっかりしており、学校の成績も良かった。「片野マンション」で生活するようになってからは、祖父母や父母と同様、身体への通電や、過酷な食事制限等の暴行、虐待を加え続けられた。食事は、極めて粗末なもので、花奈は激しく痩せていった。家族との交流は許されず、小学校にも殆ど通学させてもらえず、友達と遊ぶこともできず、「片野マンション」の台所等で長時間立たされるなど、過酷で悲惨な毎日であった。祖父が電撃死する場面に立ち会い、強い精神的衝撃を受けたのをはじめ、祖父母、父母及び弟佑介の各死体の解体作業に加担させられ、更には、母と佑介の殺害に加担させられ、利用された。それらは、幼い魂をずたずたに引き裂く生き地獄のような体験であった。10か月もの長期にわたる「片野マンション」での生活の中で、筆舌に尽くせぬほどの辛酸を嘗め、肉親との辛い別れを重ね、「片野マンション」でたった一人になった挙句、無残にも10歳で生命を奪われてしまった〉

写真はイメージ ©️iStock.com

 このとき、法廷の傍聴席で松永と緒方の様子を見ていた私は以下のメモを取っている。

「M(松永のこと、以下同)は一度天井を見てから背中を背もたれにつけて聞いていたが、やがて前かがみに、そしてまたもや背もたれ。O(緒方)は正面向きで動かず」

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