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2人の娘が北京五輪に出場…45歳父の喜びと苦悩「親の負担額は推定数千万円」

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北京五輪のスノーボード・ハーフパイプでは男子の平野歩夢選手が3大会連続のメダルが期待されているが、女子にも有望株がいる。冨田せな、冨田るき姉妹。45歳の父親が、2人の娘が同時にオリンピアンになったことで味わった至上の喜び、そして苦悩とは何か。父親と高校時代に同学年だったスポーツライターの酒井政人さんが取材した――。

写真提供=家族 姉のせな(右)と妹のるき - 写真提供=家族

「あいつ今、何してる?」高校の同級生は北京五輪選手の父だった

人生、何が起こるかわからない。それは、自分にも言えるが、旧友についても言える。先日、筆者の高校時代の同級生が現在開催されている北京冬季五輪の日本代表の父親になっていたことがわかった。

スノーボード・ハーフパイプ日本代表(※)女子選手は4人。そのうちの2人は、22歳の冨田せな(アルビレックス新潟)と20歳の冨田るき(チームJWSC)の姉妹だ。

※半円筒状の雪上を滑り、ジャンプやターン・宙返りなどの技で得点を競う。男子代表は戸塚優斗、平野歩夢(2014年ソチ、2018年平昌2大会連続銀メダル)など。

2人の父親である冨田達也(以下、冨田、45歳)と、筆者は同じ愛知県の高校の陸上部に在籍し、冨田は三段跳び(県大会1位)、こちらは長距離を専門としていた。結局、2人とも目標のインターハイ出場は逃したが、連日練習で汗を流し切磋琢磨(せっさたくま)した仲だ。

当時は携帯電話が普及しておらず、SNSもない。高校卒業以来、会うことはなかったが、ふと思い立って先日、メッセンジャーを使って27年ぶりに連絡を取ってみた。

冨田は、新潟県にいた。結婚し、2人の娘がいて……おまけに2人ともオリンピアンだという。普通の父親では一生味わうことができない最高の喜び、そして苦悩を語ってくれた。

「スノボ選手に育てるつもりはまったくなかった」

冨田は高校卒業後、名古屋にあるスポーツ専門学校に進学した。当時はスノボ全盛期。その魅力に冨田はとりつかれた。専門学校卒業後は、新潟県妙高市にあるスキー場完備のリゾートホテルに就職する。仕事の合間にスノボを楽しむ生活が始まった。同じ趣味を持つ専門学校時代の同級生と結婚。ふたりの間に生まれたのが「せな」と「るき」だ。「響き」が気に入ったのと、「英語圏でも呼びやすい名前」ということで名付けたという。